毒親に育てられた私たち

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最近、日本は誰にとっても生きづらい世の中らしい。子供は不登校が増え、大人はストレスが増え、ともかくやってくる未来に期待が持てない楽しくない社会らしい。

ここのところ流行っている言葉に毒親というのがある。その手の本が大流行りなので知っている人が多いと思うが、毒親とは、ざっくりいうと「子供を支配する親」という定義らしい。例えば、子供を自分の自慢の商品とみなし、子供に自分の思う通りに人生を進ませるような親は毒親に当たる。

…と、こうやって書くと、、、日本の多くの親は毒親に属するのではないか?と、私は思う。少なくとも、私の育ってきた環境には、毒親はけっこういたなあ…と思ってしまうのだ。

…と、こんなことを書きながらも、自分の親や人様の親を毒親呼ばわりしてよいのか?という躊躇はある。しかし、今、海外で子育てしていて、過去を振り返ってみると、やっぱり子供にとって日本の色んな要素が毒(悪影響)だったのでは、と思うところがたくさんあるのだ。それらは日本でどっぷり日本の生活に浸かっている人には気づかない些細なことなのではあるのだが。しかし、こういう些細な塵が積もり積もって社会に蔓延しているからこそ、日本は生きにくい社会となっているような気がするので、敢えて書いてみようと思う。

私は田舎育ちであるが、中学からかなり遠くの中高一貫の私立女子校まで通った。なぜそこに行ったか?というと、前も書いたかもしれないが、地元の中学に行きたくなかったからである。なぜ地元の中学に行きたくなかったか?というと、姉が通っているのを見て、幻滅することが多かった、校則とか先生の指導とか先輩後輩の上下関係とかダサいジャージとか…いろんなことがともかく嫌だったのである。あと、当時文通していた東京の女の子(年上)が、私立の学校に通っていて、なんとなくふわーんと憧れがあった、というのも理由だ。

ともかく自分の意思で母親に私立に行きたい、というとすぐに学校を選んできてくれた。学校選択、といっても田舎なので数は少なく、志望校は1校だった。ちなみにうちの両親は、両方とも東京育ちのいわゆるおぼっちゃま、お嬢様で二人ともエスカレーター式の私立に通っていたので、私が私立を受けることに何の障害もなかった。

しかし、その私立の学校にこうやって自分の意思でやってくる人はほぼ皆無であることが高校卒業前に判明した。卒業前になぜこの学校に来たのか、この学校に来てよかったか?を発表する場があったのだが、どの子もみんな「親に勧められて」と答えていたのだった。それを聞いて「ヤバ!私のような理由で自分で進んで来ている人、いないじゃん!」と思ったことを今も鮮明に覚えている。

それでは、何故親は子供を私立に入れようと思ったのか?いろんな理由はあると思う。その学校はクリスチャンの学校だったので、クリスチャンの親が通わせたい、というのが最も妥当な理由だろう。それ以外には、あまりにも子供が可愛すぎて思春期男子のヘンな騒動に巻き込まれたくない、と思う親もいたかもしれない(←…と、そんな風に思えるくらいかわいい子がかなりいた…(笑))。

でも、その中には、自分の子供を自分の思う通りに操りたい、自分の子供が(お嬢様学校と呼ばれる)私立の学校に通っていることを自慢したい、自分の子供を完璧に育てて自慢したい…こんな風に考えて子供を送り込んだ親もけっこういたと思われる。

その学校は我が家からはかなり遠く、通学のためには毎日6時半には家を出なければいけなかった。そんな遠方のエリアから通う人はそれほど多くなく、みんな親も知り合いで、子供も親も顔見知りだった。

遠くから子供を通わせる人ほど、教育熱心…これは私の憶測だが、ともかく親たちの会話はすごかった。うちは姉妹を皆私立に通わせているんです~、うちの上の子は〇〇大学(難関大学)に通ってます~…美しく着飾った母親たちはともかくハイソ感が漂っていた。お互いに勝負したい!と面と向かっては言わないものの、けん制しつつもお互いにライバル意識を持ってメラメラ状態だった。今思い出してみても、私たちはかなりすごい会話の中を潜り抜けてきていて、正直ウンザリ、嫌で仕方なかったことを覚えている。

そんな中にAちゃんがいた。Aちゃんは超美人で頭もよく、会話も楽しく、大好きだったお友達だ。現役で難関国立大学に受かり、その後、疎遠になってしまったのだが、また再開したいと心から願った友達のひとりだ。SNSで彼女を見つけ、うれしくなって彼女に再会し、いろいろ語り合ったのだが、彼女のその後の人生も人がうらやむような人生だった。

イケメン年下クンと結婚し、これまた将来有望のイケメン男子を育てていて、言うことなしだねえ~…と思える彼女なのだが、しかし、そんな彼女がこんなことを言うのである。母親と折り合いが悪い、と。実家はそれほど遠くないのに、ほとんど家には帰省せず、行っても日帰りで帰ってくるとのこと。何がそんなに?と思いきや、何度か彼女が口にした言葉は「うちの母親は学歴でしか人を判断できない」ということだった。

彼女は十分に才女ですぐれた経歴をお持ちの女性だが、実は、彼女にはそれをさらに上回る超出来るお姉さんがいた。思うに、母親にとって自慢の子は姉であり、その姉を誇りに生きてきたんじゃなかろうか。母親がAちゃんの何が気に入らないんだか分からないが(もしかしたらAちゃんの旦那さんが気に入らないのかもしれないが)、どれだけ子供が完璧になれば親は満足するんだろう?世間では十分に輝く宝石が一番認めてもらいたい親から埋もれた宝石のように扱われるのはなんとも悲しいことだ。

しかし、彼女はすでに親の存在が毒なのを気づいているのが幸いだと思う。子供が親を毒親呼ばわりしてはいけない、と思っているのが世間の風潮なので子供は後ろめたく思うのが通常なのだ(キムタクが静香が毒親呼ばわりされているのに激怒…って書いてあったし…(笑))。

ちなみに彼女はテレビを見ることを禁止されていて、大人になってからその反動でテレビを消すことができなくなってしまった、と言っていた。私が遊びに行ったときも確かにテレビはついていた(笑)。ゲーム中止、ユーチューブ中止、漫画禁止…多くの親はいろいろ制限をかけるけど、やりすぎは危険。大人になると溺れる可能性が大きい(汗)。

同じエリアから通う子供にBちゃんがいた。Bちゃんは…最初の3年間は仲良くしていたが、高校に入って私のほうから絶縁してしまった。なぜ絶縁したか、というと、彼女は時々私を無視したからである。その無視は、いつも突然始まった。だいたい1週間くらい続くであろうか。その間、友達をうまーく取り囲み、私は仲間外れになって何も発することができないことがよくあった。

最初はなんで無視されるんだろう?と思ったけれど、だんだんとこれは私が悪いんじゃない、ということに気がついた。そして、無視されるターゲットは私以外にもいたので、その子と話をしてますます確信した。ともかく彼女に振り回されるのはごめん、と最後には絶縁してしまった。

話が面白くて、楽しそうなBちゃん。たぶんターゲットにされたことがない人はBちゃんがそんなことをするなんて夢にも思わないではなかろうか。私自身は特にコトを大きくして、彼女に仕返ししたりすることもなかったから、彼女はずーっとクラスで人気者だった。しかし、私はだんだんと気がついた。彼女は、人が見ている前では特に楽しそうにキャピキャピしていたりするのだ。絶縁してからも同じクラスになったので、たまに彼女をボーッとみていたが、これはもしや演技なのでは?と思えるほどであった。

何故彼女はいじわるしたのであろう?そう考えてみると、やはり思い浮かぶのは親である。彼女の親もこれまた教育熱心な親で、彼女は成績を下げることは許されなかった。成績が下がると、遊びに行くことすら禁じられた。つまり彼女は親にペナルティを与えられる環境におり、これは…もはや教育虐待のひとつではないだろうか?家で気を抜けず恒に勉強を続けなければいけなかったBちゃん。ストレスが溜まっていじめをしても何らおかしくないのである。

彼女もまた難関理系大学に受かり、そこに進んだ。親としては自慢の種であろう。しかし、その引き換えに…友達を平気で傷つける行為をした。これは、人間としていかがなものだろう。この親は子育てに成功したと言えるのだろうか。今、いい学歴を持つ人間が驚くような事件を起こすのも日常茶飯事であるが、立派な肩書があっても中身が伴っていない人がいても大して驚くことではないのではないか。教育熱心な親は子供に勉強は強いても、生きるために必要な大事なことを教えていない…これは親として失格だと思う。

ちなみに彼女とはSNSで再会した。再会、といっても相変わらず絶縁状態なので直接やり取りはしていないのだが、共通の友達がいるので再び接点を持ってしまったのだった。これが…彼女が書き込んだコメントを見て、ウゲッと思ってしまった。中学からの友達なのに、褒め殺しか?というくらいおべんちゃらを述べているのである。「〇〇ちゃん、スゴイ!本当に尊敬する!!私、〇〇ちゃんの友達で良かった!!」…とまあ、こんな感じのコメントだったかな?このキャピキャピ感、まだ続いているのか…(汗)。もしかしたら彼女は純粋にその友達が大好きで、それを素直に述べているのかもしれない。が、しかし、私は相変わらず彼女は演技を続けている…そう思ってしまった。

学生時代に仲良かった友達にCちゃんがいる。Cちゃんとは同じ部活だった。彼女はおとなしくてクラスで目立つほうではなかったけど、美人で、実は負けず嫌いでもあった。負けず嫌いの彼女は一年浪人して希望大学に入学、これまた当然難関大学なのであるが、、、彼女はそこを卒業し、予定通り希望職種についた。

ともかく美人だし、男性にモテるのだろうなあ~…と思っていたら、大学卒業に再会した時、やはり大切な男性がいるのだといっていた。ともかく大事な人なので、結婚したい、親に紹介したい…そんな感じであった。

しかし、である。彼女は一方でこんな風に言うのであった。「母親が彼を気に入るとは思えない。紹介するのは気が重い。」そう言ってため息をつくCちゃん。どんな人なのかはよく分からなかったが、彼女が選んだ人である。自信をもって紹介できないものだろうか?と思ってしまうが、親の期待値が高い中で育ってきたいい子ちゃんたちはどんな彼であろうとあまり自信が持てない。ともかく自分の子の人生がより完璧なほうが良い、と思う親に反対されたら、、、と思うと躊躇してしまう気持ちは私もよく分かるのであった。。。

よくありがちな話に、自分より年収が低い男とは結婚できない、というものがある。しかし、高学歴女子はすでに高い年収を得ている場合が多く、それより高いレベル…とはすでにほぼ無理ゲ-なのだ。そもそも、どうしてこんな無謀な思いを抱いてしまうのであろう?自分がいっぱい稼いでいるんだから、相手男性は自分の好きな人だったら誰でもいいじゃん!…等と考えてみると、その陰に毒親アリ!!という場合が実は多いのかもしれない。親の期待に必死に沿ってきたいい子ちゃんにとって、結婚相手は親の望む形でなければならない…こんなガチガチ思想ですでに固められているのである。

さて、次に紹介するのはDちゃんだ。彼女もこれまた教育ママに育てられた才女である。かなり厳しい親、というのは当時噂で聞いたことがあるぐらいだ。教育ママに鍛えられ、それに応えてきた子供はけっこうプライドがあり、負けず嫌いであることが多い。そうでなければ心が折れてしまうのだ。彼女は典型的なそんな才女だった。

彼女の負けず嫌いはどこに反映されたかというと、自分自身に対して、であった。ともかく自分をより完璧にしたい、と必死で頑張り続けた。大学受験では、彼女は現役で難関私立大学に受かったのだが、、、それじゃ満足できない、とそれを蹴って浪人。翌年晴れて超難関国立大学に合格したのである。この様を見ても、彼女は相当の努力家で負けず嫌いなのが分かるかと思う。

その彼女がどんな風になったのか?非常に気になってはいたのだが、去年卒業以来初めて再会することができた。しかし、再会前、なんとなく怪しい風潮があった。私が会いたい、と言ったら最初はすごい乗り気だったのに、直前になって外出するのは難しい、と言い出したのだ。

こういう風潮に私は覚えがあった。私自身、出産後、心身のバランスを崩してしまった…というのは、すでにこのブログでは何回も言っているが、その時の私の状態がずっとそんな感じだったのだ。

もしかして、彼女…体調は大丈夫なのかな?すごく心配になって、無理しないで近くの喫茶店で少ししゃべるだけにしよう、と提案して会ってもらえることになった。再会した彼女はもしかしたらメンタルに問題があるのかな?と思ったけど、実際はもう、、、そんなレベルではなかったのだ。

彼女は20代のうちに大病に侵され、なんとか生き延びたという。大学卒業までは前途洋々だったDちゃん。いったい何がどうしてこんなことになったのか?と問えば、仕事で頑張りすぎてしまったのだという。ともかく中途半端な自分に満足できず常に完璧を求め続けたDちゃん。彼女が極限のところまで頑張り続けてしまったことは容易に想像できるのであった。

ともかくプライドが高く、完璧な人生を送りたかった人だから、そんな自分をもしかしたら自分自身が許したくないのかもしれない。きっと幸せな人生を送っているに違いない学生時代の同級生にはあまり会いたくないというようなことを言った。実は最初、一緒に学校に行こう!と誘っていたのだが、それもやんわりと断られてしまった。ともかくひっそりと、地元で、時折やってくる後遺症と戦いながら、半分人生を諦めながら生きていた。

たぶん、彼女は私のことも、海外で華々しく生活する同級生、と思っていたのかもしれない。でも、内実、私もずいぶん長い間、壊れていたし、そんな話をすると、彼女は自分のことで精一杯なはずなのに私のことも非常に心配してくれた。やっぱり、どんな状況になっても真面目な優等生ぶりはずっと続いているのだった。

さて。最後になったが我が家のこと。我が家は上に書いた通り、おぼっちゃま、お嬢さまを父母に持つかなりのエリート家庭である。私には姉がいるのだが、この姉が…見事に親の期待を裏切る成長っぷりなのであった。勉強もできず、何の取柄もない…困ったことに両親は姉のことをそんな風に判断し、小さいころから何の期待もしていなかった。まぁ、できないのに必死で尻を叩いて勉強させるよりはマシかもしれないが、しかし何も期待されていないのも大問題だ。

そこそこの公立高校に行き、そこそこの大学を卒業した姉は、よく父親にこんなことを言われていた。「お前は出来が悪くて、取柄もないんだから、早く結婚しろ。」…ハッキリ言ってこの言葉は立派なモラハラである。親だからといって、子供にそんな言葉をかけることが許されるであろうか?そんな状況でも姉はよく耐えていた。

小学生低学年の頃までは自分は生きる価値がない、となんとなく思っていた姉を救ったのは学校の恩師だった。その先生は姉の優れているところを見つけ出し、積極的に伸ばすようにアドバイスしてくれた。家庭訪問で先生がその話をすると母親はきょとんとしていたそうだ。その先生がいたからこそ、自分らしく生きることを見出した姉は、よくできる妹(←私のこと)がいても、割と地に足をつけて自分の道を進んだように思う。姉のいいところと私のいいところは全然違うので、自信を持っていいに決まっている。ただ、長い間親には理解してもらえなかっただけなのだ。それはとても寂しいことなのだけれど。

今は、かつてよくできる妹だった私が、オランダに行き、心身のバランスを崩して、いい子から完全脱落してダメな子になってしまった。ダメだから最初から自分の不戦敗。不戦敗だから誰とも戦う必要もなければ、誰かをうらやましいと思う必要もない。私がそんな風になったら、なんと私たち姉妹は前よりもずっと仲がよくなって(毎日snsでやりとりするくらい…)、親との関係もよくなった。心身のバランスが崩れてから何年も悶々と暗い道を歩いたけど、結果は良かったのだなあ、と思う。今思うと、私が高校生の頃はかなり仮面家族っぽかったような気がする。こう考えると、やり直しは、いつからでもできるのだと断言できる。

毒親育ちの特徴はこんな感じだそうだ。
1.自分に自信がない
2.人と比べてしまう
3.楽しむことに罪悪感がある
4.がんばりすぎて無気力
5.裏表がある

上にあげた私の友達の例を挙げると、うーーん、けっこう当てはまるなあ…という感じ。特に2、3なんて周りにはゴロゴロいるような…???私もいまだに3は当てはまる気がする。こう考えると、毒親というのは、普通に社会に浸透していて、今や毒親も子育ての主流のひとつ、といってもいいのかもしれない…。

先ほど、いい学歴を持つ人間が驚くような事件を起こすのも日常茶飯事…と書いたが、大きな事件の犯人も、少し掘り下げてみると、ほとんどの人が親に虐待された、もしくは親が毒親だった、の二つに分類されるような気がする(最近、私は必ずこれをキーワードに事件を読み解くようにしている)。

例えば、最近裁判が行われていた目黒女児虐待死事件の船戸雄大被告の親はきっと毒親なんだろうな、と思う。なぜ彼に二面性があるのか。親に結婚を猛反対され、親に認めさせるため連れ子である結愛ちゃんをしっかりしつけなければ、と思った後、彼がなぜあそこまで暴走したのか。もちろん普通の人はあそこまでやらないので十分おかしいのではあるが、いずれにせよ彼を支配しつづけるのは両親なのではないか、そんな気がした。

元官僚事務次官が引きこもりの息子を殺害した事件。これは確実に母親が猛毒親である。難関私立中学を受験させ、中2の時に成績が悪いからと言って彼の大事なものを勝手に捨てた、というエピソードを見て、私は息子さんに同情した。ところが世間は引きこもりで暴力を振るう息子が悪い!のオンパレードだったので、日本は毒親に支配されている、ちょっと怖いな…と思った。たぶん、オランダではこのニュースの概要を知ったら、親は子供を二度殺した、と書くんだろうなと思う。誰も親に同情はしないだろう。親が100%悪い。

他人にしてはいけないことは、自分の子供にもしていけない。

ここの部分が、日本はかなり欠けている気がする。もともと子供は親の所有物、という思考が強いこともあって、「立派に育てなければ」といいながら、自分の意見を押し付けることが完全に許されている。しかし、ハッキリ言うと、親の価値観はすでに30年前のもの。古い価値観を押し付けてどうする。私たち親世代は、子供を信じて次の世代に主役を譲っていかなければいけない。

良薬は効果あり。しかし、やりすぎ、もしくはその病気に合っていない薬を与えてしまっては毒にしかならない。親世代である私たちがこのことを理解して、子育てしていけば、きっと生きづらさは少しずつ減っていって、次世代の日本は変わるはず。日本の先行きは暗い、と人々は口々に言うが、若い世代にぽーんと任せてしまえばきっといい方向に変わっていくに違いない。いい歳したおじいさんたちがいつまでも偉そうに古めかしいことを若い人たちに強要してはいけないのである。

あー、力説したら、すごく長くなってしまった。。。最後まで読んでくださった方々、どうもありがとうございます。
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娘と恋バナ

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新しい年度も始まり、現在は勉強やる気満々の我が娘。

「これがずーっと続いてくれるとよいんだけどねえ~」という私に対し
「そんなワケないじゃん!」と軽く否定してくれた娘💦

彼女曰く、まぁ続いても1か月くらいだそうです、、、。あー、そうですかぁぁぁ~(涙)。

ちなみにうちの子はVWOのギムナジウムに入ったのですが、1年で早々にラテン語から脱落。もうやりたくないからアテネウム(ワンランク下)に下げる、と年度末に自ら取り下げてしまいました。。。まぁうちの子に限ってずっと続けるとは思えなかったけど、1年で脱落とは、、、。

まぁでも、大好きな友達がいて、毎日楽しくやっているというのはありがたいことです。最近彼女から聞いたステキな言葉は:
「Kちゃんは私が好き。私もKちゃんが好き。だからどんな姿を見せたって彼女は私に失望することがない。」

この頃の友達が一生続くかどうかは分からないけど、人をそれだけ好きになれるっていうのは素晴らしいこと。最近の日本の若者の「恋愛なんてコスパが悪い」とか「人を信じれば信じるほど馬鹿を見る」とか…そういうシラケモードっていうんですか?なんていうか、人生一度きりしかないのに、最初から最後までセーブモードってどうなのよ?と思うので、人とのかかわりを大事にしていって欲しいなあ~と心から思います。

まぁ人間関係って難しいですけどね。いくつになっても難しいな、と思います。でも、だからって元を絶ってしまっては…人間は孤独では生きられないはず。そのためのキーワードは、「好かれる」じゃなくて、「好きになる」かな?なんて最近思ったりするんですけど…。

さて。
最近私と娘で盛り上がっているのが、恋バナ!ちなみに教育アドバイザーの道山ケイさん、でしたっけ?その方によると、子供が恋バナのような話を親にするというのは、親に対する愛情バロメーターがもっとも高いと考えてよいのだとか。

まぁ~そうでしょうね。自分で言うのもなんですが、娘の私に対する愛はスゴイ(オモイ…)。友達と電話中でも、電話をほっぽり出して、ママぁ~~!!!大好き!!!と飛びついてきますから💦 外では一応涼しい顔してますけどね。あ、念のために言っておきますと、うちの子は今、一番難しい年頃と言われる思春期まっさかりの中2デス。

いったいどうしてこんなことになっちゃったの~?というと、それは…昔のブログを読んでいただくと分かりますが、私の育児の元になっているのは、それは…漫画でして、、、(汗)。漫画に忠実に育児した結果、こうなっちゃった、というワケ。

過去のブログ: 私の育児バイブル

このブログを書いたのが、5年前(そんな昔だったのね。。。)、うちの子が3年生だったとき。それからも、この漫画の主人公のとおりに娘と接していたのだけど、漫画では、のんのんはお母さんに恋バナなんて恥ずかしくてしないのですが、うちの子は…ちょっと漫画とは違っていて(違って当たり前ですけど、、、)、恋バナもしてくれます。

あ、恋バナ、といいましたけど、内容はかなり微妙で、気になる男の子がいるけど話をしたこともない状態がずーっと続いています。漫画でいうと、最初の3ページくらいかな(笑)。そこの部分を毎日永遠と繰り返しているので、安心しながら楽しく聞いています。いきなりレディースレベルに飛ばれちゃったりしたら、、、大変ですからね?!

私は大の少女漫画好きなので、リアル中学生の気持ちなんて聞いてしまって、娘以上に内心盛り上がっています!!(←オイオイ…)。写真を見ないと盛り上がりにかける!と娘に写真を見せてもらったら、かなりのイケメン君なので、もうーーーー私がどんな状態かお分かりですね?(笑) 

でも、オランダっていろいろ進んでいるようなイメージですけど、やっぱり中学生っていうのは、こんなもんなのかなー?というカワイイレベルですね。それは男の子もおんなじで。背も高いし、なんか…大人びているような気がするけど、内面はやっぱりカワイイのかな、と。クールにしてるけど、クールになりきれない様子とか、、、。

おもしろいのが、やっぱり最近の子供たちの事情。日本でも、告白は直接じゃなくて、LINEで…等読んだことあるような気がするけど、こっちもネットが主流らしく、オールドな私からするとイマイチぴんと来ないわねえ。

「ママ、〇〇くんが〇〇ちゃんのフォローを突然辞めたけど、どう思う?」

…?!?! さっぱり分かりません!!!!!

「フォローしたくないから辞めたのでは?」…と直球そのまんま!!の当たり前すぎる回答しか返せませんわ!だいたいフォローに深い意味があるのかね?…とこんなことを言ってるから、オールドなんでしょうねえ(汗)。

夏休みがあったので、気になる男の子との恋バナも終了かな?と思いきや、また再び続いている模様なので、また楽しく聞きながら、親子の愛を深めたいと思います~なーんて(言っててちょっと恥ずかしいカモ…)。
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中学1年生修了間近

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うちの子の中学1年目がほぼ終了しました。本人の希望した学校で、お友達もたくさんできて楽しい1年だったようです。

今13歳、日本でいうと中2ですが、中2って中二病と言われるくらい、背伸びしたがる年頃だと言われますが、うちの子はけっこう…いやかなり地味かなーと思います。

まず選ぶ洋服が…やけに保守的。もっとナイの~?と親の私のほうが派手なのを選びたくなってしまう、、、けど、そんなのを見せると「ギャー、そんなの肩が丸見えじゃん?」「おへそが見えちゃうよ」とか、、、。それでいて本人が選ぶのはいたって普通のTシャツ。まぁーブランドもの(スポーツブランド)が好きですけどね…。

お化粧もまったく興味ないし、インスタで加工とかもしないし、なんというか、、、地味!!

もっと自分をよく見せたくなったりするもんじゃないの?と思いきや、あんまりそういうのも好きではないらしい。変顔は相変わらず好きだけど(汗)。

周りの子も割と普通、とでもいいますか、割と地味、といいますか、よく言えば妙に落ち着いていて地に足がついている、とでもいいますか、悪く言えば夢見る向上心みたいなのがない、とでもいいますか…。

日本だと、モデルになりたい!とか、芸能人になりたい!なんていう夢見る夢子ちゃんが普通にゴロゴロいそうなんですが、うちの周りの子はとりあえずインスタで周りで少し話題になればそれでオッケー!みたいな感じですかね~。

とりあえず毎日幸せに、自分の意思で色んなことを決めて生きていると、現状維持でいいと思うのが普通なのかもしれません。ありのままの姿を親や友達が受け入れてくれるから、自分を飾る必要もなければ、無理に誰かに対して対抗心を燃やしたりする必要もない。まあこんな感じに肩の力を抜いた環境で良かったなあ、と思います。

こう書くと、多くの日本人はやっぱりオランダ学校はいいのね~…と思うかもしれません。しかし、実際にここで子育てして思うことは、学校っていうのはどこも似たり寄ったり(むしろ日本よりひどい可能性もある)。基本はやはり各家庭の子育てにかかっていて、、、日本のように「学校が〇〇だから~」というのは、むしろ各家庭の単なる言い訳に過ぎないのだな、と思うのです。

というのも、今年うちの子の担当だったメンター(担任)は、全然相談なんてできるような人じゃなかったそうですし。しかも、春先、うちの街で青少年たちのリンチ事件があり、その映像が全国に流れて、オランダ中、大騒動になりました。…それが、、、なんと被害者はうちの子の学校の生徒で、加害者もご近所、周りの学校の子供たちだったんです。…マッジ~?!ですよ、親としては(汗)。その映像も見ましたが、途中で気分が悪くなりました、、、。リンチという名のごとく、ほんと傷害事件でしたから。

それに対する学校のお知らせがーーーー。1通のメールのみ。いやいやいやいや?日本だったら、そんなんでいいんかーーーい?ですよ、、、汗。ま、学校内でリンチが起きたわけではないので、学校としては、何の責任もない、ということなんでしょうけど。それにしてもねえ?

この事件で、世の中の大人たちが何よりも驚いたのは、その暴力性ではなく、その様子を見ても、周りの子供たちはスマホ片手に平然と撮影していた、というところでした。同世代の青年たちをテレビに招いて、青少年に話を聞くトークショーも何度もありましたが、その映像を見ても、どの子供も「こんなの別に大したことないんじゃない?」と平然と言う有り様に大人たちはショックを隠し切れない様子でした。明らかにどの大人たちも子供と自分たちの世代ギャップというものに頭を抱えていました。

でも、オランダの素晴らしいところは、親である大人たちが子供たちを理解しようと歩み寄る姿勢を見せていることなのかな、と思ったのです。今の子供たちは自分たちの世代と違って当然だ。だからしかりつけたり、自分たちの価値観を押し付けたりするのではなく、自分たちが子供たちに歩み寄り、彼らを理解して、それで彼らと一緒に問題を解決していかなければいけないんだと。

最近、日本では部活での虐待やら体罰が大問題になっていますが、、、俺たちが受けてきたんだから、次の世代も受け入れて当然だ、と一方的にしごきという名の体罰を行ういうのは非常に傲慢な方法なんじゃないかな、と思います。最近の子は我慢が足らん!とか…そんなん違って当たり前じゃ!ボケ~!!こんなん、ほんと、負の先送りです。こんなことをやっていては、誰も幸せにならない。

子供が関係する事件が起きるたびに、ニュースを追いますが、なんというか、、、日本の場合、大人の押し付け理解が多いんじゃないかな?としょっちゅう思います。子供がひとりの一個人として扱われてない、というと言いすぎかもしれませんけど、大人の歩み寄りがない、というか、子供が大人の解釈に歩み寄って当然だ、という態度がオランダに比べて強いんじゃないかな?て思います。

言い方を変えると、大人が勝手に子供というもんはこういうもんだ、と定義づけて、だからこうしなければいけない、と勝手に大人だけで解決策を練ろうとしているような、、、。子供のことなのに、子供がその当事者になっていないって感じですかね?もっと子供を信頼していいと思うし、もっと大人が子供の信頼を勝ち得ていかなければいけないのでは?と感じます。

子供って意外といろいろ考えているし、意外と色んなことを分かっている。もっと小さい小学生や幼稚園児であっても、小さい子だからどうせ分からない、と思っていても、子供たちは敏感にあれこれ感じ取っているんですよね。私はそれをうちの子からすごく学んだし、それで反省して、後悔して、、、の繰り返しで今に到達したかなー、と思います。

今思えば、小さいころ、私はあんまり彼女に対して愛情表現を見せることができなくて、彼女をかなり不安にさせていたんだな、あの頃、ああしていればあんなこともなかったのかもしれない、と思うことが多いです。ずいぶん歩み寄れるようになってから、彼女は1年以上、毎日、毎日「ママ、私のこと、好き?」と聞いてきましたが、彼女も積もりに積もったものがあったのかもしれない。。。

と、こう書くと、いったい私はどんな子育てをしていたんだぁ?オイオイオイ?と言われそうですけど、普通だったと思いますよ(笑)。世間から見ると。でも、彼女的にはまだまだ私の愛情に100%の絶対的な信頼がなかったのかなあー、と思います。

今はそれが確立されたので、毎日彼女の話を聞くのも楽しいし、何かやるときも必ず私の意見を一番参考にして、物事を決めている感じです。この一年はお互いの信頼をさらに確立できた、て感じかな?あ、でも、もしかしたら、彼女なりに不満があるかもしれないので、これは単なる自己満足の域ですけどね。

そんな感じに、1年を終えて、夏休み間近です。

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優しく過ぎた年月

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前も言ったかもしれませんが、うちの近所に知恵遅れ(知的障害)の姉妹がいます。下の子はうちの子(りすちゃん)より3歳上。そして上の子は6、7歳上で、もう二十歳になろうとしています。

その子たちが初めて「一緒に遊ぼう」と誘いに来たのは、りすちゃんが4歳(もしくは4歳より前)の時でした。まだまだ子供が小さく、外に出していいの?…それすらも分からなかった頃。その上、その子たちが知恵遅れだということすら、分かっていませんでした。

何度か断ったのですが、その姉妹は何度も何度も尋ねてきました。りすちゃんもモジモジと外に行きたそう。最初は居留守を使っていたけど、最後は観念し、うちの子を外に出してみることにしました。あの頃の私の最大の決心は、まさにコレだったのです。

遊びに行っていい場所を私が窓からのぞける範囲に限定し、何かあったらすぐに家に戻ってきなさいと約束させて外に出しました。何かあったらどうしよう…ドキドキと不安だったことを覚えています。

最初は心配だった外遊びも、毎日のように続いて、だんだんその子たちのことが分かってきました。特に上の子は、すぐにアレ?と思うくらい。。。私もオランダ語はイマイチですし、子育てをした経験がなかったので、このくらいの年齢でこれだけのことができるのが普通、という基本レベルが判っていなかったのですが、それでも分かるレベル。つまり重度の知恵遅れなのでした。

りすちゃんが5歳になる頃には、すでに6~7歳も年齢が上の上の子の脳レベルに追いつき、その子の面倒を見たり、その子が泣いてりすちゃんのところに相談に来るようになっていました。りすちゃんのほうが、ずっとずっと体は小さいのに…傍から見ると、ずいぶんヘンな構図です。

近所には彼女たちをいじめる子供もいました。あの姉妹は頭がばかな姉妹…そんな風にいう子供や大人もいました。いじめる子供がいれば、りすちゃんは小さな体を張って助ける…ことはしないけど(苦笑)、一目散に逃げる合図をかけたりするようになりました。

さらに年月がすぎ、りすちゃんが6歳~7歳になると、今度は下の子のレベルに追いついてきました。下の子は、途中まで普通学級に通っていた女の子。途中で、算数の計算がまったくできない、ということが判明し、特別学校に移った子供です。

3歳離れた下の子とはずいぶん長い間仲が良くそれから3、4年、いつも外で遊んでいたように思います。ずいぶん穏やかな女の子で、時にはりすちゃんのお姉さん、時にはりすちゃんの妹のように接してくれたのです。

いつも一緒にいたので、その子たちのお母さんもりすちゃんのことを信用してくれました。ある夏、彼女たちが1週間旅行に行く間、りすちゃんはお母さんから猫ちゃんの面倒を見るようにお願いされました。その猫ちゃんは…なんと…その家の猫ではないのですが、毎日夕飯を貰いにくる半野良ネコ?らしく、家に来たら、ネコに餌をやってくれ、というのです。別にその家の猫じゃないなら、留守中も餌をあげなくてもいいんじゃ?と思うんですが…(^_^;)。

りすちゃんは他人からお願い事をされたので、得意げに帰ってきて「やってもいいかな?」と聞きました。もちろんいいよ、と答え、餌を預かり、毎日夕方8時ころ、その子たちの家の前に行って、ネコちゃん探しをしました。何日か猫ちゃんはやってきましたが、何日かはやってこない。

やってこない日はガッカリしながら、帰宅しました。1週間すると家族は帰ってきました。りすちゃんにはお土産を買ってきてくれました。お金持ちではない(むしろかなり貧乏)な家なのに義理堅い。かわいらしいビーズの腕輪でした。

りすちゃんは、精神的にどんどん大きくなり、12歳の夏、ついにその子たちから卒業してしまう日がやってきました。りすちゃんは、思春期に突入してしまったのです。

相変わらず遊びに誘いに来てくれていたので、「また一緒に外で遊んだらいいじゃない」そう言うと、携帯を片手に「えー。だって、つまんないんだもん。やることいつも同じだし。」

うちの子は、ちゃんと普通の子で、それが当たり前なんですけど、なぜか彼女の反応を淋しく感じました。大きくなっていく、てこういうことなんだな、と。

冬にりすちゃんが足を折った時、上の子が、自分で作ったビーズのネックレスとカードを持ってきてくれました。カードにはたどたどしい字で「早く元気になってね」と書いてありました。

ちょっと涙をぬぐいながら、優しいね、と言うと、りすちゃんも、そうだよ、優しいんだよ、と言いました。

今、外で花に囲まれながら庭仕事をしていると、相変わらずこの姉妹が外で遊んでいる声が響いてきます。その声を聞いていると、まるでりすちゃんがまた小さくなったような、昔に戻ったような気分になって、優しい風が私の心をそっと撫でてくれます。うちの子だけが成長してしまったみたいでちょっと不思議な感覚なんですけど。

あの頃、私は心が病んでいて心身共にずいぶん辛かった…そんな年月だったはずなのに、今思い出してみると、優しく流れた貴重な年月だったんだなあ…と思います。

りすちゃんにとっても、きっと楽しい年月だったと思います。偏見に満ちて、あの子たちと遊んじゃいけない、なんて言わなくて良かった。心からそう思います。

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みんなが幸せになる世の中を作る仕組み

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お庭が花でいっぱいです。花が好きなので…ほんと、たまらんわ~って感じです。天気のよい週末は朝食を食べ終わると庭へ直行!どっか外出しようか?てなことも考えるんですが、ココ以上にいいところへ行こうってそりゃ、けっこう難しいわ~って感じ。いや、マジで。

ニャンコちゃんも我が庭が好きらしく、けっこう何匹も入り浸ってます。じーっと一日中我が物顔で座っているニャンコもおり、やっぱ居心地いいわよねえ~…なんてニャンコに同意を求めてます(笑)。

歩き回るとラベンダーの匂いがしたり、バラの匂いがしたり、ローズマリーやタイムの匂いがしたり…ほんと、ステキなんですよ。そんなんで、すっかり家に引きこもり状態です。

引きこもり…といえば。日本でまた悲惨な事件が。犯人像や犯人の生い立ちが少しずつ分かってきていますが、ハッキリ断定はできませんが、この人、きっと家族から「おまえは一家の恥」みたいな対応をされて生きてきたんだろうなあ…と想像してしまいます。だからといって人を殺していい、というワケではありません。でも、彼によい影響を与える大人が身近にいたら、きっとこんなことはしなかったんだろうな、と考えてしまいます。

なんか、最近読んだ漫画で(また漫画かよ?って感じですが…)、これにかぶるものがあるんですよ。「僕に花のメランコリー」って少女漫画なんですけどね。登場人物は、実母が病気で死んで、引き取られた実夫の家で継母に実母の悪口を毎日言い聞かされて大きくなるんです。けっこう重たい内容ですよね、、、。ま、少女漫画なので、もちろん、この重さの上に甘さが上塗りされてるんですけど~(爆)。でも、毎日毒を吐かれて、子供が正常に育つわけがない!

どの親も責任をもって子供を育てよう!と言って、みながみな、それに従えれば世の中これほど楽なことはありません。でも、世の中にはそれができない、いや、むしろ、自分が子供に毒を吐きかけていることに気がつかない親さえいるわけで、、、。引きこもりという特殊な現象があるのも日本ならではなんですけど、なぜそうなってしまうのか?あんまり考えてないですよね、みんな。自分が当事者になって初めて、どうしたらいいんだ~と右往左往する始末。

今回のこの事件、昨年の新幹線で起きた事件、もっと古くは秋葉原の殺傷事件。いずれも毒親・毒のある保護者に育てられてモンスターになっちゃったわけですが、それらから我が子、わが身を守る方法を考えていても解決策はもはやなし。やはりこれからはいかに人をモンスターに育て上げない世の中にしていくか、ということが求められていると思います。

オランダは、すでにもうこの次の段階に進んでいます。私はこちらで子供を育ててきて、最初はワケの分からないことも多かったのですが、今、考えれば、要するにひとりでも幸せな人間を作ることが世の中の幸せにつながる、ということをもっと早い段階で気がついて、それを実行しているんだな、と思います。

オランダでは、子供たちの成長を行政が確認する段階がいくつかあり、そこでひっかかる家族・子供・親は行政の指導のもと、解決策が練られるシステムになっています。たぶん、、、日本は、オランダと比べると、子供が生まれた後、なかなかチェックが入らないです。死に至る子供がかろうじて助け上げられるくらいで…といっても、助け上げられない子もけっこういて、犠牲者が次から次へと、、、いったいどうなっているんだ?て話なんですが。。。

オランダで確認が入る段階は:

〇 生まれた時点  - 子供が生まれた時点で、家族構成チェックがあります。うちの街は、家庭訪問がありました。私は外国人なので、生まれた国のこと、仕事のことから学歴まで、、、根掘り葉掘り聞かれました。。。いやはや。。。

〇 4歳までの成長段階で何回か - コンサルタントビューローが指定して子供の確認を行います。

〇 5歳くらいの段階で - 子供たちもだんだんいろんなことが分かってくるこの段階で、虐待が行われていないかのチェックが学校であります(ビデオを見せて子供に認知させる)。

当たり前ながら、子供たちは虐待がなんたるかを知りません。いや、たぶん多くの日本人だって知らないハズです。暴力を振るわれている場合は即=虐待と思いますが、毎日ネチネチと言い続ける言葉の暴力は虐待だと気づいてない人は多いです。また、ネグレクトも最近話題にのぼるようになりましたが、どの段階で虐待と定義づけられるのか?これを書いている私自身もイマイチよく分かっていません、、、。

ビデオを見て、ん?うちはいつもこれが行われているぞ?と思った子供は、先生に申告、もしくは電話などでヘルプ機関に自分で申告します。なるほど、5歳という年齢はうそがつけない(うそをつくほどの能力がまだ発達していない)ちょうどよい年齢なのです。

申告があった家は、行政がカウンセリングに入ります。深刻な場合は、即実親からの引き離し、里親への預け入れが行われるそうです。多くの場合は、即引き離しではなく、カウンセリングを通して段階チェックとなるようですが。

私はここの段階がとても大事だと思うんですよね。日本でも、たとえ介入はできなかったとしても、家庭状況を把握できるという点で、たとえば入学前検診で子供たちを集めてビデオを見せる、とか、、、なんかできるんじゃないかな~、と思います。

〇 11歳くらいの思春期に入る前に - 面談が子供とカウンセラーの間であります。

うちの子は、こんなんいらない、私のママがカウンセラーだからほかの人に相談しなきゃいけないことは何もない、と言って即座に断ろうとしました(ママ、感激!)。しかし、とりあえず会いましょう、と言われ、結局、その時間、カウンセラーに日本語を教えてきたそうです、、、。ま、こんな感じに多くの子供にとっては、どうでもよい面談でもありますが、問題を抱えている子にとっては大切な時間です。たとえば実親や保護者から性的暴行を受けている(受けていなくてもベッドに入ってくるとか~?ゾワゾワ)なんて場合、ここが大事な砦なのです。

さて。オランダで、里親ってこちらでは割かしそこらじゅうにありまして。例えば、うちの向いの家は里親です。子供の誕生日パーティなど特別な時だけ、実親も顔を出したりしているみたいです。お母さん、、、めちゃ若い。たぶん16歳の時の子、とかなんかな?この場合は、きっと生まれてすぐに里親に預かられたんじゃないかな、と思います。

あと、前も言ったかもしれませんが、うちの子と仲良かったAちゃんの家もひとり子供を預かっています。それが…Aちゃんが12歳の時、12歳の男の子を預かる、と聞いたので、もう心底オドロキマシタ。日本じゃ、普通しないよね。誰もやりたがらないと思うよ。

その子は、ネグレクトが原因で、複雑みたいです。シングルマザーの精神がちょっとおかしいというか。子供に「あんたは学校なんていかなくてもいい」みたいな感じだったらしく、最初から里親ではなく、カウンセリングを通して最終的に里親、となった模様です。でも、以前別の家に預けられていたけど、うまくいかなかったしく、ますます…本当によく引き取るなあ~と思いましたよ。だって、そんな子を預かって自分の子に被害が及んだら、、、とか、普通は考えませんか?そんなことを考える私の器量が狭いってわけではないよね?!

でもね。今、Aちゃんとは学校が違ってしまったので、最近の事情は分かりませんが、SNSなどを通してみると、楽しそうなんです。その子も、Aちゃん家族も。

もちろん。美しい物語ってわけではないと思う。その家は、その子とAちゃんという二人の思春期の子供がいて、その下にいろいろ学校で問題を起こす弟がいて、さらにその下にもうひとり、、、こちらは性格もカワイイ弟がいるんです。Aちゃんも勝気でいかにも思春期の女の子で、いろいろ大変らしいですし(うちの子とよく揉めてました~…(;^_^A))。そんな4人の子供があーだこーだとなっては、そりゃ、毎日が楽しくてステキな人生だわ!ってなハズがないと思うんです。

でも、そのお母さん。とってもポジティブ。いろいろ大変、困ったわーーーーと言ってる割には、正直あんまり大変そうに見えない。いや、話を聞くと、それって人生一大事?みたいなビックリ仰天な案件もあったりするんだけど。。。結局、楽観的な人なんだろうなあ~と思います。

そういう人の元にいれば、預かっている子もきっとよい影響を受けて、実母に育て上げられるより、よっぽどまともな人間になっていくんだろうと思います。この間、13歳になったみたいですけど、ステキな笑顔をSNSで拝見しました。。。がん撲滅運動のボランティアを発足させたり、まとも、どころか、スゴイじゃん?みたいになってます、、、。

社会が子供を育て、不幸な人をひとりでも減らすことで世の中が幸福になっていく仕組みとはこういうことを言うんだ、と実感します。

日本はどうかな。引きこもりだった人が書いたブログに「日本は割といい国で、頑張ればこんな僕を支援してくれる人がどこからか現れる国」って書いてたけど、私もこれには賛成。日本って、割と広いというか、割と理解してくれる人がいるんですよ。やっぱり、元サムライの国だからかな。スーパーボランティアの尾畠春夫さんなんて典型的です。ここまでいかなくても、子ども食堂を支援・運営する人とか、すごいなあ、と頭が下がります。

ただ、国の運営がねえ~…金の亡者や自分のことしか考えないような人たちに操られているような、、、。そこがいけないところなんですけど、でも、まあ、子供たちのために、といえば、動く人はいると信じたい。

最近は人手が足りなくてよほど多くの人を仕事の奴隷にさせたいのか、PTAいらない、専業主婦は仕事をしている女性より価値が低い、といった煽りのような記事もたくさんあって、それに賛同する利己的な人が増えてきていて、ちょっと、んーーーーーこの傾向、大丈夫かぁ?仕事と子供を天秤にかけて(結果的に)仕事をとるのが正しいなんて、、、子供を不幸にする傾向を選んではいけないよ?…とは思うところですけど。

自分さえよければいい、と思って生きても、世の中の治安が悪くなればいつ引きずり込まれるとも限りません。こういう事件が増えてきて、本当に考えなければいけない。アクションしなければならない。そういう時期にさしかかっている、と思います。

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オランダ流 叱らない子育て

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最近、叱らない子育て、なるものがあることを知りました。私は、子育ての本は基本読まない、〇〇主義という主義にははまらないタイプ(いうなれば臨機応変主義…)なので、自分自身が何かの子育て論に賛同したりすることはないのですが、ふと考えてみると、オランダは日本に比べて叱らない子育てを実践している国かな?と思ったので、それについて書いてみようと思います。

オランダにやってきて実際に日本人から聞く言葉として

「あんまりグズッている子供を見かけない」
「怒鳴り散らす母親を見ることはあまりない」

…こんな言葉が挙げられます。実際に、日本のお母さんは余裕なさそうだなー、と思うことは多いけれど、オランダのお母さん(もしくはお父さん)は小さい子供を3人を連れていてもけっこう悠長にしているイメージなので、これは本当なのだと思います。

じゃ、いったい全体どうしてオランダのお母さん(もしくはお父さん)はのほほーんと子育てをしているの?と考えてみると…。これは、オランダ人親の多くは、子供が親の言うことに素直に反応できるようになるまで「撤退主義」を貫いているからかな、と思います。

撤退主義…オランダでは、子供が小さいうちは無理して外出しません。行動範囲もとても狭いです。そしてほかの子供たちとの接触も極力避けています。

例えば、外へ行ったとしても、行く範囲が狭く、ほぼ同じところしか行きません。そして母親はその範囲内で徹底的に子供にやっていいこと・やってはいけないことを教えます。

「ここでは必ず停まる」
「ここは走ってもよい」
「ここに来たらお母さんを来るのを必ず待ち、お母さんがいいよ、と言ったら進んでもいいよ」

公園も誰もいなければ、一通り遊びますが、誰か子供がくるとすぐに撤退を選びます。その子が「順番」をきっちり守れるようになるまで撤退し続けるのです。他の子供と関わらないので、子供同士でケンカになったり、揉めたりすることはありません。なので公園も静かです。

私の甥っ子は小さいころ、落ち着きがなく飛び回ってしまうタイプでした。まぁ…普通男の子はそうだよね。なので義妹も撤退を貫いていました。

つまり…甥っ子が飛び跳ね始めたら、即!家に帰る!を実践していたのです。なので、毎日おばあちゃんの家に行くのですが、滞在時間はたったの20分…。我が家に来た時も、あわただしく帰っていきました。20分って、、、ちょっと日本じゃ考えられないかな。

行く場所も決まっていました。ロッテルダムの動物園とおばあちゃんの家。買い物には子供を連れては絶対行きません。休みの間行くのは、バンガローパークのみ。

つまらん生活やな~…正直、思っていました。積極的にお出かけしていた私からすると限りなくつまらない。甥っ子、姪っ子がかわいそうだな、とすら思っていました。

でも、大きくなった今は、義妹家族は海外も含めていろんな場所に行っています。今、思えば…そういうことだったんだな、、、と。かわいそうだな、と思っていた自分が恥ずかしいぜぃ…そう思ってしまいます、、、ハイ。

今も通勤途中に子供たちをたくさん見かけます。小さい子が思いっきり飛び出していくので「あ、あぶない!大丈夫かな?」と思いきや、その子はきちんとお母さんの言いつけを守って停止しなければいけないところに来ると、静かにお母さんを待っているのです。あー、ちゃんとそういう風に言い聞かせられてきているんだな、と改めて思います。

毎日年子らしき姉妹も同じトラムに乗ります。その子たちも、かわいらしくよく眺めていますが、うるさいと思ったことがない!どうしてかな~、と思いきや、同行する親(母親か父親のどちらか)が、彼女たちが座る席を決めているんですね。そして、その子たちが一緒に並んで座らないように細心の注意を払っているのです。

一緒に並んで座ると大騒ぎになってしまいますが、離れて座るので二人が接触することはありません。二人はお母さんの言いつけ通り、きちんと座っています。下車した後、いつもと違うことをするとき(直接学校に行くのではなく、スーパーに立ち寄るなど)、停車駅の少し前にお母さんが子供たちに

「今日は下りたら、まず手をつないで道路を渡って、そのあと、スーパーに入るからね。スーパーではこれを買うから、おとなしくしなくちゃダメよ」

と詳しく説明しています。前もって子供に言い伝えてあるので、その場に来て子供の思わぬ動作に「ダメダメ~!」「これをやったら危ないでしょ!!!」「先に行ったらダメでしょ!」なんて大声を出したりしないのです。

こうやって、親がきちんと子供に説明・伝えることによって、親子の絆が深まっていきます。その場の感情でがなり立てたりしないので、子供も安心して親を恐れることなく同等の立場で親に話しかけることができるのです。

オランダの子育ての基本はこれかな、と思います。…日本もこうやって子育てすればよいんだよ。。。そう言いたいけど、ちょっと待って?

こんなつまらない、親子だけの対話状態がずっと、2年も3年も続いたら親(日本の場合はほぼ母親でしょう)はたぶん参ってしまうでしょう。だって、ママ友は作れないわけですから(ママ友と接触、ということは、子供同士も接触してしまいます)。

オランダでは、お父さんとお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんが積極的に子育てに参加し、役割を分担することでそれぞれが子供の対話から離れる時間を持ち、その時間は買い物にいったりして羽を伸ばすことができます。ですが、日本は…多くの親がワンオペと呼ばれる状態ですからねえ。

そう考えると。日本で叱らない子育てを実践する、というのはかなり難しいことが分かります。

育児に参加するお父さんも昔より増えてきた、とは思いますが、まだまだ…こちらと比べるとダメですよね。母親も…今日は子供を置いて(父親に預けて)遊びに行こうよ、と誘ったとして、それを実践できる親がいったいどれくらいいるのか?ちょっと疑問です。

日本では、まだ育児の孤独さをママ友同士で支えあっているのが現状なのかなあ。本当は、頼るのはママ友ではなく、パパでなくちゃいけない、と思うんですけどね。核心はココですよ。

さて。我が家は…小さいころ、積極的撤退はまったくやっておりませんでしたので、ときどきドタバタの大変な事態が発生しましたが、中学生になった今は叱ることはほとんどありませんね~。勉強してなくても、テストの点数がひどくても、一日ずっとスマホ漬け、ゲーム漬けでも怒ったり叱ったりすることは皆無です。

叱るときは、もう決まっていて。

約束を守らない。
うそをつく。
ごまかそうとする。
他人のせいにする。

こういう時だけ。ともかく「自分の行動(言動)に責任を持ちなさい!!」ということは徹底しています。前はちょっと大きくなって、ずる賢くなったのか?けっこうの割合で「そんなことは言ってない!」「そんなの聞いてない」「覚えてない」と誤魔化そうとしていたけど、さすがに何度も雷を落としたので、最近はしなくなったかな。うん、成長を感じます。

まあ、その代わり、私もごまかせなくなっちゃったんで…別の意味で厳しいものもあるんですけどネ…(^_^;)。

明日は母の日。世の中のお母さんがステキな一日を過ごせますように。
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子供が外国人だと感じる瞬間

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新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

またまた1か月近くが経過してしまいました。怪我のほうはおかげさまで以前よりはよい状況になりつつあります…(このままよくなってくれ…祈)。そんな中、年末年始は再び娘と日本に行ってきました。

毎年恒例となっており、今回も楽しく…といいたいところですが、我が家の場合はそうはいかず…涙。皆さん、帰省はなんの問題ないのでしょうか?うちは、子供がいつも問題を持っていて、毎回毎回「もう今回が一緒に帰るの最後」と思ってしまっています。まぁ、オランダに戻るころには、日本も楽しかった、とはなるのですが、着いた当初がもうそりゃ大変なのです。

残念ながら今回もそうでした。特に今回は私がケガをしたこともあって、お友達関係には誰にも声をかけませんでした。ちょっと会うのに躊躇してしまうっていうかね。自分の顔が…アレなもんで(苦笑)。気にしすぎかもしれませんけどね。でも、話したり笑ったりするのもつらかったしね。会おう、って言われたほうもきっと困っちゃう(汗)。

そんなわけで、予定が空白の日が多かったのですが、それも彼女の不安に発車をかけたようで、成田に着いたら途端に「オランダに帰りたい」です。1日中、日本は嫌だとシクシク泣きまくり、夜は時差ボケで寝られないのでさらに状況が悪化。高いお金をかけて渡航しているのに、何?!私は楽しみに来たんだよ!!!こっちだって文句をいいたい。

…けど、毎回この状況は本当に深刻で、彼女の精神が崩壊するんじゃないか?くらいなレベルなので、こっちがキレるワケにもいかず、ずーっとつきっきり。爆弾を抱えているみたいなもんです。ともかく大変なんです。

毎回こんなことを経験していることもあって、オランダに子供を連れて駐在される方の気持ちもよく分かります。地球の反対側というに等しいような遠い海外に子供を連れていくということがどんな大変なことか。もちろん子供によっては、ケロッとしている子どももいるんでしょうが、うちの子は…(てん、てん、てん…)。もし、悩まれている方がいたら、、、仲間はここにいます(苦笑)!!

毎回、日数が経つにつれてだんだん落ち着いてはくるんですが、それでも彼女が日本で見せる顔はオランダで見せる顔とはまったく違いますね。両方見ている私はものすごくそれを感じます。まるで人格が二つあるような。日本では自分の素を見せられない…そんな彼女を見るのは、やっぱり親としては複雑で、悲しい…というより、むしろ寂しい、かな。いくら否定したくても、否定できない。自分の子供が外国人なのだなあ、と実感する瞬間なのです。

うちの子は、日本だと日本人の部類に入れてもらえないような容姿をしているせいか、このくらいの年齢になるといろいろ思うところあるようです。うちの帰省先は東京で外国人もハーフちゃんもたくさんいて、それほど気にならないんじゃないの?と私なんかは思うのですが、やっぱり視線を感じる、と思うことはあるみたいですね。普段、オランダで容姿のことを意識することは皆無だと思うので、日本でほとんどがいわゆる日本人の容姿な状況になると、急に怖くなるような感覚に襲われるようです。

そんなせいもあって、東京ではいわゆる「観光地」に行くことが多いです。原宿なんかに行くと、大勢の白人観光客もいて、すっごく落ち着くみたいです。浅草もそうかな。うーん…やっぱり私としては複雑な気分なんですが…。

でも、きっと、スーッと自分が透明に戻るようなそんな感覚なのでしょうね。この透明人間感覚というのは、むかし、むかーし、旅行に行った先が白人ばっかりでものすごく緊張してしまった記憶があるので、なんとなく分かります。あと、中国に行った時も、同じアジア人のはずなのに、めっちゃ見られて上海空港ですくんでしまうほど怖かったな~。今は、何人に囲まれてもほとんど動じないけどね(…笑)。

…というわけで。こうやって苦労して日本に連れて行くことが果たして良いことなのか。あまりの彼女の精神の不安定ぶりに、ここ数年はちょっとそんな風に思うことが多いです。もっと大きくなって、やっぱり日本に行きたい、と言ってくれたらいいけど。日本で会いたい、と言ってくれるお友達もいるし、本人もそのことを理解しているけど、今は来年(というか今年?)は彼女を連れて行くのはお休みしようかと思ってます。

ていうか、かなりセコイんだけど今年が子供料金を楽しめる最後の時間だったので、その特典が終わってしまう今後しばらくはもういいかな、って(笑)。

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小学校最後の記念に、袴写真も撮りました。成人式や卒業式で着物を着ることもないと思うので、これが最後…かな(?!)。

オランダに帰ってきて、わたしが一番にやったことは、球根植えです。買ったはいいけど、植える直前にケガをしてしまい、そのまま庭の手入れは完全中断。年が明けて、久々に外に出て庭仕事をしました。今、植えて…ちゃんと春に咲くのかはちょっと疑問ですが…。何もかもやる気が失せていたので、少しずつ取り戻せていけたらいいなあ、と思います。
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