人種差別といじめの構造

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日本ではあまり同列で語られることはないように思うが、人種差別といじめというのは同じ構造を持った種類のものだなあ、と思う。

今、日本ではいじめ問題は子供社会でも、大人社会でも大きな問題となっており、私もそれらのニュースには食いついているけれども、いつも思うことは、これだけ問題となっているのに同じようないじめによる悲惨な結果が後をたたないというのはどういうことなんだ?ということ。

客観的に海外から日本の状況を見ていると、先輩を敬え、とか、先生のいうことを聞け、とか…日本の社会の中にはいたるところに序列や分断があって、いじめが発生しやすい環境が整っているなあ、と思う。外国人の数が増えているとはいえ、日本はまだまだ欧米諸国と比べて単一民族国家と呼ぶに等しい国で、要するに誰もがアジアに属する日本人であるにもかかわらず、だ。

最近は学校のクラスでもカーストとかリア充組とか、主人の勤める企業が立派な大企業だからうちは他とは違うとか、、、マウントをとる傾向がさらに?強くなっている気がするけど、人種差別が歴然と存在するヨーロッパに住む私からすると、同じ民族でごちょごちょとナニせこいコトやってるんだ~!と声を大にしていいたい。

ハッキリ言うと、日本で勝ち組であろうと、カーストのトップであろうと、世界の人種という枠組みで考えると、日本人=アジア人は一人残らず全員差別される側にまわるのだ。誰一人として勝ち組には属することはできない。そのことを忘れてはいけない。

そのことを踏まえて、残酷なことを言えば、日本でいじめられやすい人は海外に行くと人種差別にあう可能性は高い気がする。人種差別といじめは同じ構図なので、立場の弱いアジア人はよりターゲットにされやすいからだ。

また、意外かもしれないが、日本でいじめっこに分類される人も危ういように思う。何故ならいじめっこも、序列を作って自分の立ち位置を確保するという、メンタルがそもそも弱い人間なので、人種差別という見た目100%の世界に入ってしまうと、どう対処してよいのか分からなくなるに違いないのだ。

そういえば、昔、会社のお偉いさんで、会社では周りの部下に向かって超威張り倒しているのに、外国人のお客さんの前で、へーこらぴーこら…なんだこりゃ?てくらい小さくなってたおっさんがいた。私はまだ大学を出たばかりの新卒だったが、なんと情けない…と思ったことか。しかし、悲しいことに…日本人はこういう人がけっこういる。

海外で人種差別に遭遇しないために日本でできること。それは、自分がいじめる側にもいじめられる側にもならない強いメンタルを育てていくこと。これしかないと思う。

私自身、あんまり差別を体感したことはない。これはたまたま、とか、ラッキーとか、そういうことではなく、自分自身がきっちりと対処できる法を小さい頃から身につけてきたからではないか?と思う。幼児の頃でも大人に対して負けない言葉を持っていて、子供が半人前扱いされる日本で育った割には大人に対しても平等を貫いてきたほうではないかと思う。クラスメートに対しては…小さい頃は相手を泣かしてしまうことも多々あるくらいでちょっと強すぎちゃったくらいだけど…💦。

それは大人になっても同じで、上司に対して、先輩に対して、後輩に対して…誰であっても本人にきっちり言ってしまうタイプである。特にきっちり本人に物申すのは勇気がいることだけれども、それでも、裏で誰か別の人に文句を言うくらいならば本人に言うべし!を持論にしてやってきた。何より、裏で「こうなんですかね?」なんて憶測で話を進めるくらいなら本人に直談判するほうが相当手っ取り早くスムーズなのだ。

もちろん、誰かに対してモノだけ申す人は単なるうるさい人で嫌われてしまう。そうならないために必要なことは、普段から自分と関わる人々の信頼を得る行動を取っておくことが最低条件になる。また、そのために自分に必要なことは相手を理解する寛容性なのだ。相手を理解できなければ信頼を勝ち得ることなんて不可能なのだ。これは対人関係の基本。

いずれにせよ、誰かに何か言うということは勇気のいることで、小さい頃からのこの勇気の積み重ねが…人種差別で差別される側に立たなければいけない海外においても自分自身を平等の立場に置くことができているんじゃないか、とそんな風に思う。日本で上司や先輩方に対して決してひるまなかった私は白人や黒人に対してもひるむことが今はない。あとで悔しい思いをする、誰かに悪口を言うくらいなら、今、その場で言って解決するのが一番なのだ。

今、日本での対人関係を見ていると、逃げろ、とか、嫌な人との縁を切れ、とか、…逃げ腰の論調が多い気がする。そりゃ、子供がいじめで自殺しては元も子もないし、最近の困ったモンペやクレーマーのような人たちは…なんていうか、説得したらナットクする、とか、常識が通じる、なんてそんな簡単なものではなくて複雑になっているけれども、でも、このまま野放しにしていい問題でもないと思う。もちろんどうやっても合わない人、自分を嫌っている人とまで仲良くする必要なんかないけれども、最近は割と簡単に自分からパターンとシャットダウンしてしまう人が増えているような気がする。

しかしながら、大事なのは逃げることではなく、ひとりひとりがやってはいけないことを見逃さない勇気なのではないだろうか。クラスでクラスメートがいじめているのを見かけたら傍観するのではなく、「それはダメでしょ」といえる勇気を持つこと。その勇気こそが、人種差別にも立ち向かっていける力になるのだということを、私は断言したい。

…とこんなことを書いているが、私自身、小学6年生の秋から冬にかけて、大事な幼馴染がいじめられているのを見逃してしまったという…深い反省がある。なんであのまま助けの手を出せなかったんだろうか?と考えてみると、自分自身、受験生で忙しかったのかな、とそんな風に思う。もう自分はこの学校も友達もみんなと別れて別の場所に行くのだから、と打算的に物事を先送りしてしまった。

結局その幼馴染も地元には残らず東京に行ってしまったので、二人だけがその場から去ったのだが…成人になって結婚式にも呼んでもらったけど、自分自身の後悔は消えてなくなることはない。

昨今、、、なんとなく感じるのは、日本の格差社会である。よくYahoo!のコメントなどを読んでいるが、公立に行くと荒れているから私立に行かせたい、できるだけ自分と似たような所得層の人がいる学校に入れたい、限られた人間関係の中で安全に子供を育てたい、というような意見が多いような気がする。

その意見に反対はしないけれども、しかし、海外の人種差別にも打ち勝てるような力をつけたいと思うのであれば、なるべく色んな人がごっちゃりと混ざった学校に入ったほうがいいのでは?と思う。そもそも親はずっと子供をかごの中の鳥にしておくわけにはいかない。

子供というのは、親が思うよりも色んなことを考え、そして親よりもずっと正義を考えている、と私は思う。色んなことに対処できる力をつけるのは結局、本人でしかないのだ。なるたけ若い10代までのうちに色んな人と関わるようにしておくことが長い人生をうまくやりくりできる人間性を身に着けることができるんじゃないかな?と思ったりする。

2020年の今年、教育改革で小学校でも英語が取り入れるようになるらしい。ちょっと、私はフフフと鼻で笑ってしまいたい思いがある。英語がしゃべれる=グローバルな人間では決してないのだ。いじめ問題も全然解決されず、大事な人間関係を築くというところに蓋をして、成績をつける学問だけを増やして忙しくしていくとは、いかにも今の日本らしい教育だと皮肉をいいたい。

いじめに対処できない人間は人種が複雑なグローバルな社会ではさらに困難が付きまとう。そして、すでに言った通り、私たちアジア人は全員見た目で損をする、差別される側にいるのだ。

その差別と正々堂々と渡り合っていくために必要なことは、英語力では決してない。人間力なのだ。

1.誰にでもきちんと本人に自分の思いを伝えられる勇気
2.自分の思いを受け入れてもらうために普段から勝ち得る信頼力
3.自分自身が相手を信頼するために必要な寛容性

子供がグローバルな社会でも活躍できるような子に育ってほしい、と思ったら、まずできることは親である自分自身がこの3つのことを実行し、子供の信頼を勝ち得ていくことなのではないかと思う。

人種差別…というとどこか日本以外の対岸の出来事のように感じるかもしれないが、それはいじめの延長上にあるものだ。そう考えるとグローバルな社会で生きていくためにできることは、まず身近ないじめ問題から対処していくこと。

今の日本の状況を見ると、グローバル、グローバルといいつつ実情はどんどん逆方向へ進んでいるのではないかなあと感じることが多いのは気のせいだろうか。
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男女格差がない社会を目指して

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クリスマスはだんなを家に置いて娘と二人でスペインのカナリア諸島のひとつ、グランカナリア島に行ってきました。娘が行きたい、行きたい、と言っていたことと、常春の気候でいいところ、と聞いたことと、トーマスクック社が破たんしてカナリア諸島の観光業が大打撃と聞いたこと等いろいろあって、初めてオランダの旅行会社で旅行を申し込んで行ってみました。

結果的には、すごく良かった~~💛

気候が…めっちゃ良い。私は暑すぎも寒すぎもダメ、という人間として一番弱いところにいるんですが(汗)、そんな私が心底心地よいと思いました。実際行って3日目くらいに普段いつも感じる不定愁訴のようなものがすーっとなくなり、最近の更年期障害?からくるフラフラ感も全部なくなり、最後はお肌がツルツルになってしまった、、、。マジか。

こんな気候のよいところ、もちろんEU国民が見逃すわけもなく、EUの寒い国々からここに移り住む人が何百万といるらしく、なんというかEU一究極の白人ワールドになってました(そのうち半分くらいが年金生活者カモ)。ここまで白人しかいない場所は、、、行ったことあったかな?て感じ。私はほぼどこに行ってもひとりぼっちのアジア人でした💦。よく探すといないことはないんですけれども…。EUの原則、人の移動の自由にのっとり民族は大移動しているんだなあ~なんて再確認しましたわ。

海岸に行くと、若い人も老人も素っ裸のところがいくつもあって、、、若いきれいな女性もトップレス…たくさんいたなあ。白人はある意味アグレッシブだからね。

それを見て、なんていうかねえ…日本の男性陣がよく言う「そんな恰好をしているほうが悪い」という普通に使われる言葉はやっぱり男性の勝手な言い訳に過ぎないんだな、ってしみじみ思いました。年末に詩織さんの判決もあったけど、それは、私がとてもうれしかったニュースなんですが、男女格差がない世界から日本を見ると、日本は本当にまだまだ発展途上の位置にあるな、…というか、むしろ進化するスピードが違いすぎてどんどん差がついてしまっているな、とそんな風に思うんです。実際に、男女格差は世界121位になったというニュースを聞いて、妙に納得しました。

そんなカッコをしているほうが悪い、スキがあるほうが悪い、てそれじゃあ、どんなカッコならいいわけよ?中東みたいに全身をベールで覆っていればよいワケ?そうだとすると、日本も中東もインドもあんまり変わらない、てことになってしまいませんか?悪いのは加害者であって被害者には何の落ち度もないはず。

それにしても、権力に守られた男というのはああもみっともないものなのか。山口という人の強気な態度を見て、本当に嫌気がしました。普通に考えて、奇麗で若く才能もある女子大生がオッサンとホテルに行きたいと思うかよ?自分にはそれだけ魅力があると考えているのだったら、本当に勘違いもいいところ。でも、人権派ジャーナリスト広河隆一も同様だけど、そういうことをしても許される世界がまだまだ日本には存在しているってことなんです。結果的には。

こういう世界を正していくためにも、男女格差がなくならないことには…ということなんですが、まず男女格差がなくなるためには、女性が高い地位に就くことも大事ですけど、反対に家庭に入る男性を認めることも大事なんじゃないかと、、、最近はそんな風に思っています。

ちなみにうちのだんなはいまだにプラプラとあんまり働いてませんけど(苦笑)、私はまぁ別になんとも思ってませんが、この話をすると日本人の方はまずいことを聞いてしまった!て感じの顔をされてしまいますね。かえって気を使わせてしまってすみません、です。でも、私の感覚から言えばですけど、うちの妻は実は働いてませんが、と言っても誰も何も言わないのにこれが男女入れ替わると突然反応が違うのはおかしな話なのです。

ま、私もフルタイムで働いてないので、、、お金に余裕がないのは事実なんですけど…💦。本音を言うと、彼が週1~2日、私が週3~4日働ければ十分かなあ、なんて思ってます。ビジネスセンスは私のほうがいいので(笑)。稼ぎがいいけど、家に全然帰ってこないような旦那は私にはまったく合いませんし。ま、本音の本音では、稼ぎもよくて、家のこともどんどんやってくれて「キミがいるだけで僕は幸せだから一緒にいてくれればそれだけでいいよ!」なーんて、私を自由にさせてくれる人だったらサイコーだけど…そんな人はいなかったかなあ~…てそれだけの魅力が自分にはなかっただけか(笑)。

日本は今は女性もかなりハードに働いてますけど、男女ともに働いて忙しすぎて子供にしわ寄せがいってしまっているのを見るのは本当にしのびないです。子供にしわ寄せ、といえば、共同親権のない日本は離婚数激増でこれもさみしい子供が増えてしまっている原因となってますよね。離婚して貧困になると分かっているのならなぜ共同親権を採択しないのか?て思いますけど、これも、結局は男性が政治や経済を動かす男女格差がある日本ならではの選択なのでありましょう。

子供の面倒を共同に見るって、子供からすると天国ですけど、大人からすると子供の受け渡しとか…割と面倒くさいシステムですからねえ。少なくとも今の日本の男性陣にかかってくる負担は非常に大きい。今まで子供の面倒見なさすぎでしたからね。でも、これを採択すれば子供は劇的に幸福になると思います。

なんてったって、離婚によって親が一人になってしまうことがない!二人に育てられるので母、父二人の影響を受けることができますし。その父、母が結婚すれば、自分にかかわる大人が増えるのでさらに色んな人の影響を受けることができます。共同親権は離婚によって家族が増えるけど、単独はどんどん減っていくイメージかな?お金も同じで、貧しくなるのではなく…むしろ豊かになるってイメージ?!

…たとえばオランダの離婚した親の子供は、夏休みは3週間、3週間で父母交代になるんで、うまくいくと、子供は母と3週間他国へバケーション、父と3週間キャンプ…みたいな感じに楽しい体験がハーフじゃなくてダブルになるんですよ…たまにうちの子が羨ましがってる、、、いや、そこは違うだろ、と思うけど…💦。

話がちょっと子供のことに逸れてしまったけど、でも、日本はなんだかどんどん余裕がなくて、寛容性に欠けて、みんなでいがみ合っているようなイメージになってしまってるけど、、、男女格差がなくなれば、割と生きづらいと思うことは少なくなるんじゃないかなーって思ってます。でも、多くの人は今なお昭和な家庭像が当たり前すぎて、男女格差があることで何が弊害があるのかすら気がついていないという現実。議論の論点が「保育園が足りない」とか…ピンポイントすぎて、まだ社会に影響を与える大きな全体像につながっていないなあーと感じます。

実は男性しか活躍しない社会っていうのは、結果的にものすごく損をしている社会なんですよ。それはもう…学術的にも証明されているんです。日本ではまったくメジャーにならない「人的管理論」というマネージメント論理がありますが、実は私はそれを学ぶためにアメリカ留学しちゃったくらいなんですが…色んな人種、男女、階級の人が同じ会社でうまく働いていけるような環境を作ることはその会社にとってとても有益なんです。いろんな格差が存在する中で生きる人全員にとって有益なビジネスを生み出そうと努力することによってもっとも最適なビジネスが誕生する、考えてみれば当たり前のことなんです。

でも、日本は…こういう視点がまったく欠けていて、多くは男性年配者によって支配されているので、それ以外のひとにとっては全然良いシステムが誕生しないというワケ。

いよいよ少子化が加速化してきて、今後日本は変わっていかなければいけない、、、崖っぷちが近づきつつあります。2020年が始まりますが、この一年、少しでも変わっていけばよいなあ~と願ってます。そのためには、政治が~、とか、社会が~、とかじゃなく…一人一人の意識に変化が生まれないと。。。!日本はもう良くならない…と日本人全員が思っていたら絶対に良くなるわけがないので。

そのために私ができることは何かな?最近はそんなことを考えていますが、それを実行できる年にできたらいいな、と思っています。

では、では、皆様にとってよい一年になりますように。

まさかの復活?

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驚くべきことなのですが…なんと父が復活退院してしまいました。

さ、さすが末期がん間近でもシブとく生き延びてきた父親だけあります…。うちの家族も「ちょっとやそっとじゃ死なないと思うよ」とは言ってましたが、本当にシブとい!(笑)

お互いに涙を流してお別れしてきたというのに、あれは何だったんだ…?今思い出すと恥ずかしい…っと思ってしまうくらいですよ。仕事だって「もう父に会えないから」ということで、無理やり休ませていただいたのに、こんなんじゃあ…まるで私が詐欺を働いたようではないですか。まったく。なんといううれしい誤算なんでしょう…(苦笑)。

退院にあたって、ずいぶん手厚い介護を受けてしまったようです。今後少子化で医療費制度がどうなっていくのか…?というさなか、こんなに一人の人間にお金を使っていいものなのか?…とてもありがたいことではあるのですが、そんな疑問も持ちました。姉もそう言っていたので、私が偏屈というわけではないと思います。

こうやって手厚い介護を受けることができることに本人はもちろん、家族は感謝していかなければいけないと思うのに、現実はどうなんだろう~?父の入院中毎日病院に行って、そんなことをぼんやりと考えていました。入院した父もそんなことをすごく考えたらしく、帰ってきてとてもいい人になった、と母も姉も言っていました。

父は4人部屋に入っていたのですが、明らかに老人と思われる人が2人、そして50代くらいかな?と思われる人1人が同部屋だったのですが(全員男性)、父以外の二人の老人のわがままぶりがすごかったのです。

一人は看護婦さんがくるといつも小言を言っていました。こんなに小言を言われる看護婦さん…嫌だろうなあ…と私まで嫌な気分になってしまったくらい。もう一人は、他人にはおとなしいのですが、奥さんが来ると豹変する感じで。まさに「誰のおかげで飯が食えると思っているんだ~?」なんてセリフを平気で吐いてきたと思われる男女関係にこれまたゲンナリ。私は男女平等に関して一番敏感になってしまうタイプなので、モラハラ男がいると、、、イライラ~っとしてしまって。いてもたってもいられなくなってしまうんです(汗)。やってもらって当たり前と思っている男性はこういうところに存在するんだっ!!…だから熟年離婚が流行るんだな、なんて妙に納得してしまうような有様でした。

一方50代の方は、どうやら独身らしく、非常に謙虚な方でした。自分の体のこともよく分かっているし、医者や看護婦になるたけ迷惑をかけないように配慮されているようでした。この対比が、まるで世代間のギャップを顕著に表しているようで「病室でミタ!」というドラマになりそうな勢い(笑)。

ちなみに父はちんまりとしていて、誰にも迷惑をかけていない感じだったので、それが分かったのは良かったです。まぁ死にそうで頭もかなり混とんとしていましたから、それどころじゃない…ていう話だったってこともありますけど。

今、世代間格差が広がっていて、これ以上若者世代、いやもっと下の子供世代に負債を押し付けていいものなの?という疑問があるけど、これは政治が悪い!とか、もっと上の老人世代が悪い!とか…いろいろ文句も言えるけど、でも、私たち、ひとりひとりの価値観ももっと変えていかなきゃいけないんじゃないかなーなんて思います。

うーん、たとえば風邪で医者に行くこと、とかね。私もオランダに来てから風邪をひいて医者に行くことがなくなった人ですけれど、それで分かったことといえば、風邪ごとき(ごとき…と言ってはなんですが)で医者に行くという行為は自らの免疫力・治癒力を低下させてしまっているってことなんだな、てことですかね。

日本のメディアや新聞を見ても「心配に思ったらすぐに医者へ」ですからね。いや、分かりますよ、その心配。すごく。私もとても心配症なので。でも、やっぱりそれでも、今は風邪ですぐに行ってはいけないんだな、て思います。自分の戦う力を殺してはいけないんだって。なので風邪で抗生物質は絶対に飲みません。

ともかく風邪で皆、医者に行けば、現在のお医者さんは儲かるわけですが、飲まなくても自然に治るものにお金を使っているってことはやっぱり医療費の無駄な気がするし、将来自分がなんらかの重病になったときにもう使える医療費がありません、てなことになってしまったら…と思うと、やっぱり今、ひとりひとりがしっかり認識していかなければいけない問題なんじゃないかと思います。

まぁー、私自身は一銭たりとも日本の医療費の役には立っていなくて、ここでガーガー吠えても説得性はないんですけどね☆ 少なくとも日本の家族が非常にお世話になっているので、感謝の気持ちを忘れず、私にできることはしていきたいと思います。とりあえず、まだ日本への一時帰国する日は未定ですが、また父に会えそうかも!という報告でした。

村社会日本

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ときどきつぶやいていますが、私は芸能ニュースネタ好きです。ただし、ミーハー路線ではなく、裏専門(笑)。ハッキリ言うと、私は日本の芸能界は完全なる極東島国の芸能界村の世界を繰り広げているなあ~という印象を強く持っていて、興味深々ではありますが、憧れはありません。

まあ私は本来ブラックジョークが大好きな人間なので、いろんな部分をジョークで見ているって感じですかねえ?

芸能界は、歌の世界、ドラマの世界だけの話ならいいのですが、日本のテレビ局、新聞社といったマスコミまで芸能界村の一員になっているのが厄介で、真実が流れてこない。だからどっぷりと本当の姿が覆い隠されていて…まぁそれはそれで外部者の私はどうでもいいことなんですけど、でも、結果を見ると、その村社会が日本のレベルの低下をもたらしているんですよね。本当の実力者が実力を発揮できない世界になってしまっていて…。それって世界の目として冷静に見てみると、本当にもったいないなぁって思うんです。自ら足を引っ張りあって、結果自滅するという…まさにザ!島国日本の悪!!ここにアリ!!って感じ。

日本の芸能界は、ドンと呼ばれるグループ、人がいくつかあって、その人に逆らうと芸能界では生きていけない世界です。まぁそれは最近だんだんと明らかになってますよね。

例えばジャニーズ。ジャニーズは最近、ジャニーさんが亡くなって、いろんな不祥事も相次いで内部崩壊か?て感じになってますけど、それでもまだまだ影響力は強いです。

例えばキムタク。今季、彼は「グランメゾン東京」というドラマに出ていますが(…といっても私は見ていないので内容は?ですが)、視聴率は今までのキムタクのドラマと比べると明らかに低下しています。こうなったらどっかのマスコミが「苦戦中!」「キムタク人気もここまでか?」みたいに報道してもいいと思うんですけど、当然ながらそんなことを報道する記事はありません(※裏で頑張っているものはあります)。

…いや、報道しないだけならまったく構わないと思うんですが。。。たとえばザ・テレビジョンという雑誌は

【2019年11月11日~11月17日/ドラマ視聴熱&視聴率TOP10】視聴熱1位に「グランメゾン東京」が返り咲き!視聴率1位は「スカーレット」

という見出しを出しており、いかにも人気がありますよ~と後押ししているのが丸見え。でも、視聴率のほうが視聴熱より重要なのは明らかであって、限りなく情報操作に近いお題だな~と苦笑してしまう。

この記事を見てみると、しつこく視聴熱についての情報があった後、最後の最後に視聴率の順位がお愛想程度に載っています。しかし、視聴率ではグランメゾンは3位にランクイン、と書いてあるのですが、よくよくその視聴率の順位を見てみると、なぜか相棒が視聴率の対象から外れていて、正確な順位になっていない。…。なんだ、この記事は?です。

今期のドラマは高畑充希の「同期のサクラ」というドラマが勢いがあり、このままいくと最終回までにはグランメゾンは抜かれる可能性があるのですが、そうなった場合、いったいどういう釈明を持ってくるんでしょうか?…いや。もう私はジョークとして捉えているので、一種楽しみでもあるんですけどね(笑)。でも、ちょっと言いたい。もう、、、バレてますよ~・・・て。

ちなみにこのテレビジョンという雑誌は相当ジャニーズに忖度しているらしく、キムタク娘の情報もヨイショ記事が多すぎで笑ってしまいます…。

キムタク娘といえば、彼女に対する記事はまるで日本の未来の宝!みたいな仰々しい記事が多いし、実際に活躍もしてないのに賞を与えてしまったりしてなんだかなあ~と思いますが、最近本当に未来のスーパーモデルになるすごい人が出てきてしまったからさぁ大変です(面白くなってきました!…とも言えます…苦笑)。

その人、美佳さんは、たったの2か月でルイヴィトンやシャネル、サンローランといった超一流ブランドのコレクションに引っ張られており、最近日本のヴォーグジャパンでも表彰を受けているので、さすがのマスコミもキムタク娘に忖度している場合ではなく、彼女がブレイクするのも時間の問題でしょうけど、今までキムタク娘をヨイショしすぎたせいでいったいどうするんだろうか?です。やっぱり、写真2、3枚見ただけで分かってしまうランウェイモデルを目指したところに無理があるのでは…。顔だけだったら整形等でなんとかなるけど、、、前も言ったかもしれないけど、背の高さとか足の長さはもうどうしようもないのよ…💦。…キムタク娘の母(シズカ)は日本でできる手法で世界も制覇できるって考えちゃったのかな~?そうだとすると勿体ない。

日本では絶対二人を一緒には立たせられないんだろうなあ…。でも、そうなったときに日本の芸能界はキムタク娘を切るという選択肢ができるのか?…これが疑問なのです。でも、これができないってことは、やっぱり最初に言った通り、本当の実力者が実力を発揮できない世界になってしまっている、ていうことなわけで。美佳さんは、もともとフランス人とのハーフなので何らかの理由で不当に扱われていると思ったら活動の場を100%フランスに移してしまうでしょうね。

実力が発揮できずに実際に海外に行かざるを得なかった例といえばミス・インターナショナル世界大会グランプリの吉松育美さんでしょう。今はアメリカに住んでいるそうです。

彼女は大手芸能事務所の幹部からストーカーを受けていたと告発したことから裁判に発展。最終的に和解したのですが、日本のメディアがほとんど報じなかったため、真相はナゾ。ただひとつ真実なことは、ドンに逆らった女は世界グランプリという頂点に立つような美貌を持っていたとしても、日本では活躍する場がない、ということです。私は単純な人間だから、本当にもったいないなあ、と思ってしまうのです。しかも、あれだけ中傷を受けて…。女性として日本で生きていくのが難しいほど、メディアに悪い情報を流されてしまった。。。

搾取されても有名になりたい!という人はいいけど、そうじゃない人が同じ立ち位置に立てないという構図が是正されないと、いつまでたっても日本の芸能界は二流なんだろうなあ。いや、でも、残念ながらむしろその傾向が強くなっていくかもしれません。日本の女性も男尊女卑の搾取される世界が許せない強い女性が増えてきましたから。ヤバい事態になったら、こっちからお断り!と逃げていく女性は逃げていくのでしょう。結果として、どんな搾取があったとしてもこの世界で生きたい、とすがりつく人だけが芸能界に生き残る世界になってしまうのかもしれません。

そういえば、最近のニュースで三代目CCガールズのメンバ2人が活動を初めて1か月で引退、となってましたが、これまた真相は闇ですけど、この二人がもしまっとうな理由で辞退して、でも、別の場で続けたいと思っているのであれば、そういう人が活躍できる別の場があってほしいなあ。

長々と個別事例を語ってしまいましたが、私たち一般人の責任としては、本当の情報を流さないマスコミの世界があるということを認知し、彼らが流す嘘か本当か分からない情報に左右されないようにしなくてはいけない、てことじゃないかな、と思います。その情報に左右されて怒ったり賛美したりすることこそが彼らの思うツボ、ということなんじゃないか、と。そもそもマスコミが権力者に完全にコントロールされてしまっていて本当の情報を流さない状況が情けなさすぎるのですが。

タイトルは村社会日本って書きましたけど、外に住んで日本を眺めてみると、こうやってコントロールされることによって日本人の実力がマックスに発揮できないということ、たくさんありますね。それは保守的に保護しているようでいて、結局実は足を引っ張っているだけなんだということ。このグローバルな情報社会で、日本ももっとそういうことを気づいていかなきゃいけないんじゃないかと思います。今回は芸能社会について書きましたが、また折を見て別のことも書けたらなあ、と思います。…と言ってちゃんと続編があったためしはないのですが(汗)。

毒親に育てられた私たち

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最近、日本は誰にとっても生きづらい世の中らしい。子供は不登校が増え、大人はストレスが増え、ともかくやってくる未来に期待が持てない楽しくない社会らしい。

ここのところ流行っている言葉に毒親というのがある。その手の本が大流行りなので知っている人が多いと思うが、毒親とは、ざっくりいうと「子供を支配する親」という定義らしい。例えば、子供を自分の自慢の商品とみなし、子供に自分の思う通りに人生を進ませるような親は毒親に当たる。

…と、こうやって書くと、、、日本の多くの親は毒親に属するのではないか?と、私は思う。少なくとも、私の育ってきた環境には、毒親はけっこういたなあ…と思ってしまうのだ。

…と、こんなことを書きながらも、自分の親や人様の親を毒親呼ばわりしてよいのか?という躊躇はある。しかし、今、海外で子育てしていて、過去を振り返ってみると、やっぱり子供にとって日本の色んな要素が毒(悪影響)だったのでは、と思うところがたくさんあるのだ。それらは日本でどっぷり日本の生活に浸かっている人には気づかない些細なことなのではあるのだが。しかし、こういう些細な塵が積もり積もって社会に蔓延しているからこそ、日本は生きにくい社会となっているような気がするので、敢えて書いてみようと思う。

私は田舎育ちであるが、中学からかなり遠くの中高一貫の私立女子校まで通った。なぜそこに行ったか?というと、前も書いたかもしれないが、地元の中学に行きたくなかったからである。なぜ地元の中学に行きたくなかったか?というと、姉が通っているのを見て、幻滅することが多かった、校則とか先生の指導とか先輩後輩の上下関係とかダサいジャージとか…いろんなことがともかく嫌だったのである。あと、当時文通していた東京の女の子(年上)が、私立の学校に通っていて、なんとなくふわーんと憧れがあった、というのも理由だ。

ともかく自分の意思で母親に私立に行きたい、というとすぐに学校を選んできてくれた。学校選択、といっても田舎なので数は少なく、志望校は1校だった。ちなみにうちの両親は、両方とも東京育ちのいわゆるおぼっちゃま、お嬢様で二人ともエスカレーター式の私立に通っていたので、私が私立を受けることに何の障害もなかった。

しかし、その私立の学校にこうやって自分の意思でやってくる人はほぼ皆無であることが高校卒業前に判明した。卒業前になぜこの学校に来たのか、この学校に来てよかったか?を発表する場があったのだが、どの子もみんな「親に勧められて」と答えていたのだった。それを聞いて「ヤバ!私のような理由で自分で進んで来ている人、いないじゃん!」と思ったことを今も鮮明に覚えている。

それでは、何故親は子供を私立に入れようと思ったのか?いろんな理由はあると思う。その学校はクリスチャンの学校だったので、クリスチャンの親が通わせたい、というのが最も妥当な理由だろう。それ以外には、あまりにも子供が可愛すぎて思春期男子のヘンな騒動に巻き込まれたくない、と思う親もいたかもしれない(←…と、そんな風に思えるくらいかわいい子がかなりいた…(笑))。

でも、その中には、自分の子供を自分の思う通りに操りたい、自分の子供が(お嬢様学校と呼ばれる)私立の学校に通っていることを自慢したい、自分の子供を完璧に育てて自慢したい…こんな風に考えて子供を送り込んだ親もけっこういたと思われる。

その学校は我が家からはかなり遠く、通学のためには毎日6時半には家を出なければいけなかった。そんな遠方のエリアから通う人はそれほど多くなく、みんな親も知り合いで、子供も親も顔見知りだった。

遠くから子供を通わせる人ほど、教育熱心…これは私の憶測だが、ともかく親たちの会話はすごかった。うちは姉妹を皆私立に通わせているんです~、うちの上の子は〇〇大学(難関大学)に通ってます~…美しく着飾った母親たちはともかくハイソ感が漂っていた。お互いに勝負したい!と面と向かっては言わないものの、けん制しつつもお互いにライバル意識を持ってメラメラ状態だった。今思い出してみても、私たちはかなりすごい会話の中を潜り抜けてきていて、正直ウンザリ、嫌で仕方なかったことを覚えている。

そんな中にAちゃんがいた。Aちゃんは超美人で頭もよく、会話も楽しく、大好きだったお友達だ。現役で難関国立大学に受かり、その後、疎遠になってしまったのだが、また再開したいと心から願った友達のひとりだ。SNSで彼女を見つけ、うれしくなって彼女に再会し、いろいろ語り合ったのだが、彼女のその後の人生も人がうらやむような人生だった。

イケメン年下クンと結婚し、これまた将来有望のイケメン男子を育てていて、言うことなしだねえ~…と思える彼女なのだが、しかし、そんな彼女がこんなことを言うのである。母親と折り合いが悪い、と。実家はそれほど遠くないのに、ほとんど家には帰省せず、行っても日帰りで帰ってくるとのこと。何がそんなに?と思いきや、何度か彼女が口にした言葉は「うちの母親は学歴でしか人を判断できない」ということだった。

彼女は十分に才女ですぐれた経歴をお持ちの女性だが、実は、彼女にはそれをさらに上回る超出来るお姉さんがいた。思うに、母親にとって自慢の子は姉であり、その姉を誇りに生きてきたんじゃなかろうか。母親がAちゃんの何が気に入らないんだか分からないが(もしかしたらAちゃんの旦那さんが気に入らないのかもしれないが)、どれだけ子供が完璧になれば親は満足するんだろう?世間では十分に輝く宝石が一番認めてもらいたい親から埋もれた宝石のように扱われるのはなんとも悲しいことだ。

しかし、彼女はすでに親の存在が毒なのを気づいているのが幸いだと思う。子供が親を毒親呼ばわりしてはいけない、と思っているのが世間の風潮なので子供は後ろめたく思うのが通常なのだ(キムタクが静香が毒親呼ばわりされているのに激怒…って書いてあったし…(笑))。

ちなみに彼女はテレビを見ることを禁止されていて、大人になってからその反動でテレビを消すことができなくなってしまった、と言っていた。私が遊びに行ったときも確かにテレビはついていた(笑)。ゲーム中止、ユーチューブ中止、漫画禁止…多くの親はいろいろ制限をかけるけど、やりすぎは危険。大人になると溺れる可能性が大きい(汗)。

同じエリアから通う子供にBちゃんがいた。Bちゃんは…最初の3年間は仲良くしていたが、高校に入って私のほうから絶縁してしまった。なぜ絶縁したか、というと、彼女は時々私を無視したからである。その無視は、いつも突然始まった。だいたい1週間くらい続くであろうか。その間、友達をうまーく取り囲み、私は仲間外れになって何も発することができないことがよくあった。

最初はなんで無視されるんだろう?と思ったけれど、だんだんとこれは私が悪いんじゃない、ということに気がついた。そして、無視されるターゲットは私以外にもいたので、その子と話をしてますます確信した。ともかく彼女に振り回されるのはごめん、と最後には絶縁してしまった。

話が面白くて、楽しそうなBちゃん。たぶんターゲットにされたことがない人はBちゃんがそんなことをするなんて夢にも思わないではなかろうか。私自身は特にコトを大きくして、彼女に仕返ししたりすることもなかったから、彼女はずーっとクラスで人気者だった。しかし、私はだんだんと気がついた。彼女は、人が見ている前では特に楽しそうにキャピキャピしていたりするのだ。絶縁してからも同じクラスになったので、たまに彼女をボーッとみていたが、これはもしや演技なのでは?と思えるほどであった。

何故彼女はいじわるしたのであろう?そう考えてみると、やはり思い浮かぶのは親である。彼女の親もこれまた教育熱心な親で、彼女は成績を下げることは許されなかった。成績が下がると、遊びに行くことすら禁じられた。つまり彼女は親にペナルティを与えられる環境におり、これは…もはや教育虐待のひとつではないだろうか?家で気を抜けず恒に勉強を続けなければいけなかったBちゃん。ストレスが溜まっていじめをしても何らおかしくないのである。

彼女もまた難関理系大学に受かり、そこに進んだ。親としては自慢の種であろう。しかし、その引き換えに…友達を平気で傷つける行為をした。これは、人間としていかがなものだろう。この親は子育てに成功したと言えるのだろうか。今、いい学歴を持つ人間が驚くような事件を起こすのも日常茶飯事であるが、立派な肩書があっても中身が伴っていない人がいても大して驚くことではないのではないか。教育熱心な親は子供に勉強は強いても、生きるために必要な大事なことを教えていない…これは親として失格だと思う。

ちなみに彼女とはSNSで再会した。再会、といっても相変わらず絶縁状態なので直接やり取りはしていないのだが、共通の友達がいるので再び接点を持ってしまったのだった。これが…彼女が書き込んだコメントを見て、ウゲッと思ってしまった。中学からの友達なのに、褒め殺しか?というくらいおべんちゃらを述べているのである。「〇〇ちゃん、スゴイ!本当に尊敬する!!私、〇〇ちゃんの友達で良かった!!」…とまあ、こんな感じのコメントだったかな?このキャピキャピ感、まだ続いているのか…(汗)。もしかしたら彼女は純粋にその友達が大好きで、それを素直に述べているのかもしれない。が、しかし、私は相変わらず彼女は演技を続けている…そう思ってしまった。

学生時代に仲良かった友達にCちゃんがいる。Cちゃんとは同じ部活だった。彼女はおとなしくてクラスで目立つほうではなかったけど、美人で、実は負けず嫌いでもあった。負けず嫌いの彼女は一年浪人して希望大学に入学、これまた当然難関大学なのであるが、、、彼女はそこを卒業し、予定通り希望職種についた。

ともかく美人だし、男性にモテるのだろうなあ~…と思っていたら、大学卒業に再会した時、やはり大切な男性がいるのだといっていた。ともかく大事な人なので、結婚したい、親に紹介したい…そんな感じであった。

しかし、である。彼女は一方でこんな風に言うのであった。「母親が彼を気に入るとは思えない。紹介するのは気が重い。」そう言ってため息をつくCちゃん。どんな人なのかはよく分からなかったが、彼女が選んだ人である。自信をもって紹介できないものだろうか?と思ってしまうが、親の期待値が高い中で育ってきたいい子ちゃんたちはどんな彼であろうとあまり自信が持てない。ともかく自分の子の人生がより完璧なほうが良い、と思う親に反対されたら、、、と思うと躊躇してしまう気持ちは私もよく分かるのであった。。。

よくありがちな話に、自分より年収が低い男とは結婚できない、というものがある。しかし、高学歴女子はすでに高い年収を得ている場合が多く、それより高いレベル…とはすでにほぼ無理ゲ-なのだ。そもそも、どうしてこんな無謀な思いを抱いてしまうのであろう?自分がいっぱい稼いでいるんだから、相手男性は自分の好きな人だったら誰でもいいじゃん!…等と考えてみると、その陰に毒親アリ!!という場合が実は多いのかもしれない。親の期待に必死に沿ってきたいい子ちゃんにとって、結婚相手は親の望む形でなければならない…こんなガチガチ思想ですでに固められているのである。

さて、次に紹介するのはDちゃんだ。彼女もこれまた教育ママに育てられた才女である。かなり厳しい親、というのは当時噂で聞いたことがあるぐらいだ。教育ママに鍛えられ、それに応えてきた子供はけっこうプライドがあり、負けず嫌いであることが多い。そうでなければ心が折れてしまうのだ。彼女は典型的なそんな才女だった。

彼女の負けず嫌いはどこに反映されたかというと、自分自身に対して、であった。ともかく自分をより完璧にしたい、と必死で頑張り続けた。大学受験では、彼女は現役で難関私立大学に受かったのだが、、、それじゃ満足できない、とそれを蹴って浪人。翌年晴れて超難関国立大学に合格したのである。この様を見ても、彼女は相当の努力家で負けず嫌いなのが分かるかと思う。

その彼女がどんな風になったのか?非常に気になってはいたのだが、去年卒業以来初めて再会することができた。しかし、再会前、なんとなく怪しい風潮があった。私が会いたい、と言ったら最初はすごい乗り気だったのに、直前になって外出するのは難しい、と言い出したのだ。

こういう風潮に私は覚えがあった。私自身、出産後、心身のバランスを崩してしまった…というのは、すでにこのブログでは何回も言っているが、その時の私の状態がずっとそんな感じだったのだ。

もしかして、彼女…体調は大丈夫なのかな?すごく心配になって、無理しないで近くの喫茶店で少ししゃべるだけにしよう、と提案して会ってもらえることになった。再会した彼女はもしかしたらメンタルに問題があるのかな?と思ったけど、実際はもう、、、そんなレベルではなかったのだ。

彼女は20代のうちに大病に侵され、なんとか生き延びたという。大学卒業までは前途洋々だったDちゃん。いったい何がどうしてこんなことになったのか?と問えば、仕事で頑張りすぎてしまったのだという。ともかく中途半端な自分に満足できず常に完璧を求め続けたDちゃん。彼女が極限のところまで頑張り続けてしまったことは容易に想像できるのであった。

ともかくプライドが高く、完璧な人生を送りたかった人だから、そんな自分をもしかしたら自分自身が許したくないのかもしれない。きっと幸せな人生を送っているに違いない学生時代の同級生にはあまり会いたくないというようなことを言った。実は最初、一緒に学校に行こう!と誘っていたのだが、それもやんわりと断られてしまった。ともかくひっそりと、地元で、時折やってくる後遺症と戦いながら、半分人生を諦めながら生きていた。

たぶん、彼女は私のことも、海外で華々しく生活する同級生、と思っていたのかもしれない。でも、内実、私もずいぶん長い間、壊れていたし、そんな話をすると、彼女は自分のことで精一杯なはずなのに私のことも非常に心配してくれた。やっぱり、どんな状況になっても真面目な優等生ぶりはずっと続いているのだった。

さて。最後になったが我が家のこと。我が家は上に書いた通り、おぼっちゃま、お嬢さまを父母に持つかなりのエリート家庭である。私には姉がいるのだが、この姉が…見事に親の期待を裏切る成長っぷりなのであった。勉強もできず、何の取柄もない…困ったことに両親は姉のことをそんな風に判断し、小さいころから何の期待もしていなかった。まぁ、できないのに必死で尻を叩いて勉強させるよりはマシかもしれないが、しかし何も期待されていないのも大問題だ。

そこそこの公立高校に行き、そこそこの大学を卒業した姉は、よく父親にこんなことを言われていた。「お前は出来が悪くて、取柄もないんだから、早く結婚しろ。」…ハッキリ言ってこの言葉は立派なモラハラである。親だからといって、子供にそんな言葉をかけることが許されるであろうか?そんな状況でも姉はよく耐えていた。

小学生低学年の頃までは自分は生きる価値がない、となんとなく思っていた姉を救ったのは学校の恩師だった。その先生は姉の優れているところを見つけ出し、積極的に伸ばすようにアドバイスしてくれた。家庭訪問で先生がその話をすると母親はきょとんとしていたそうだ。その先生がいたからこそ、自分らしく生きることを見出した姉は、よくできる妹(←私のこと)がいても、割と地に足をつけて自分の道を進んだように思う。姉のいいところと私のいいところは全然違うので、自信を持っていいに決まっている。ただ、長い間親には理解してもらえなかっただけなのだ。それはとても寂しいことなのだけれど。

今は、かつてよくできる妹だった私が、オランダに行き、心身のバランスを崩して、いい子から完全脱落してダメな子になってしまった。ダメだから最初から自分の不戦敗。不戦敗だから誰とも戦う必要もなければ、誰かをうらやましいと思う必要もない。私がそんな風になったら、なんと私たち姉妹は前よりもずっと仲がよくなって(毎日snsでやりとりするくらい…)、親との関係もよくなった。心身のバランスが崩れてから何年も悶々と暗い道を歩いたけど、結果は良かったのだなあ、と思う。今思うと、私が高校生の頃はかなり仮面家族っぽかったような気がする。こう考えると、やり直しは、いつからでもできるのだと断言できる。

毒親育ちの特徴はこんな感じだそうだ。
1.自分に自信がない
2.人と比べてしまう
3.楽しむことに罪悪感がある
4.がんばりすぎて無気力
5.裏表がある

上にあげた私の友達の例を挙げると、うーーん、けっこう当てはまるなあ…という感じ。特に2、3なんて周りにはゴロゴロいるような…???私もいまだに3は当てはまる気がする。こう考えると、毒親というのは、普通に社会に浸透していて、今や毒親も子育ての主流のひとつ、といってもいいのかもしれない…。

先ほど、いい学歴を持つ人間が驚くような事件を起こすのも日常茶飯事…と書いたが、大きな事件の犯人も、少し掘り下げてみると、ほとんどの人が親に虐待された、もしくは親が毒親だった、の二つに分類されるような気がする(最近、私は必ずこれをキーワードに事件を読み解くようにしている)。

例えば、最近裁判が行われていた目黒女児虐待死事件の船戸雄大被告の親はきっと毒親なんだろうな、と思う。なぜ彼に二面性があるのか。親に結婚を猛反対され、親に認めさせるため連れ子である結愛ちゃんをしっかりしつけなければ、と思った後、彼がなぜあそこまで暴走したのか。もちろん普通の人はあそこまでやらないので十分おかしいのではあるが、いずれにせよ彼を支配しつづけるのは両親なのではないか、そんな気がした。

元官僚事務次官が引きこもりの息子を殺害した事件。これは確実に母親が猛毒親である。難関私立中学を受験させ、中2の時に成績が悪いからと言って彼の大事なものを勝手に捨てた、というエピソードを見て、私は息子さんに同情した。ところが世間は引きこもりで暴力を振るう息子が悪い!のオンパレードだったので、日本は毒親に支配されている、ちょっと怖いな…と思った。たぶん、オランダではこのニュースの概要を知ったら、親は子供を二度殺した、と書くんだろうなと思う。誰も親に同情はしないだろう。親が100%悪い。

他人にしてはいけないことは、自分の子供にもしていけない。

ここの部分が、日本はかなり欠けている気がする。もともと子供は親の所有物、という思考が強いこともあって、「立派に育てなければ」といいながら、自分の意見を押し付けることが完全に許されている。しかし、ハッキリ言うと、親の価値観はすでに30年前のもの。古い価値観を押し付けてどうする。私たち親世代は、子供を信じて次の世代に主役を譲っていかなければいけない。

良薬は効果あり。しかし、やりすぎ、もしくはその病気に合っていない薬を与えてしまっては毒にしかならない。親世代である私たちがこのことを理解して、子育てしていけば、きっと生きづらさは少しずつ減っていって、次世代の日本は変わるはず。日本の先行きは暗い、と人々は口々に言うが、若い世代にぽーんと任せてしまえばきっといい方向に変わっていくに違いない。いい歳したおじいさんたちがいつまでも偉そうに古めかしいことを若い人たちに強要してはいけないのである。

あー、力説したら、すごく長くなってしまった。。。最後まで読んでくださった方々、どうもありがとうございます。

最後の再会

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今年に入ってから父の容態が急速に悪くなってきています。以前も少し書きましたが、父は15年以上も前に癌になって、ステージも悪い状況だったので、ここまで生きているのが奇跡のような人なのですが、その奇跡もついに…終焉に近づきつつあるようなのです。

癌そのものもじわじわと悪くなっていますが、それよりも体全体が悪くなっているようです。ずーっと毒のような抗がん剤を使用してきたのだから、当たり前といっちゃ当たり前かもしれません。ちなみに父がお世話になっている病院は、東京都内でも有数の大病院なのですが、その病院の中でもダントツ長期間同じ抗がん剤を使用して効果がありつづけ生き抜いている、というのですから、、、ある意味すごい人です。

そんな父がついに救急隊員に(本人の)在宅希望を拒否され病院に担ぎ込まれたという連絡を姉から受けたのが8月末。状況を確認すると、まだ死ぬような状況ではないと思うけど、でも楽観もできない、いずれにしても緩和ケアに意向していくことになる、という報告で、私はいつ日本に行けばいいのだろう?と思いました。実は9月になったらお正月の日本行きのチケットをとろうか、と考えていたこともあって、自分で即決できなかったのです。

自分では決められないなあ、と、日本に行くべきかを姉に尋ねると、姉はそんな心配しなくてもいい、と言ったけれど、うちのだんなさんはまったく違う意見でした。「もう治らなくてどんどん悪くなることが分かっているのに何を躊躇しているんだ?今、会わなくていつ会うつもりなんだ?」の一言。

そりゃ、確かにだんなの言う通りだ、お正月まで待っている場合ではない、と背中を押され、慌てて航空券を購入して、お休みを貰って日本に行ってきました。

私が行く1週間ほど前に父は病院内で肺炎になって40度の熱を出して大変なことになっており、もしや私が到着する前に死んでしまったらどうしよう?等と思っていたのですが、父は時折脳の記憶力が混とんとする中で、私が帰るのを毎日楽しみにして待っていてくれました。

そして1週間の滞在中、みるみるうちに回復していったのです。回復…といっても、普通の生活ができるようになったわけではなく、ベッドから一歩も歩けない状況には変わりないのですが、それでも絶食で熱が下がらない状況から平熱になり、離乳食程度の食事がとれるようになりました。

もともとが奇跡みたいに生きてきた人だから、この生命力はさすがだな、と思いましたし、私が帰ったことが最大の親孝行になったのかもしれない、とも思いました。実際、父も母も大喜びで、親が子供に会うことがこんなにうれしいんだ?と思えるくらいでした。

最後の日は、これが父に会える最後になるかもしれない、という思いが強かったけれど、思ったよりも普通でした。父もこれほど寂しいことはない、とは言ったものの、延命治療を希望しておらず、もう旅立つ準備はとっくにできているようで、取り乱したりすることもなく、ありがとう、ありがとう、の繰り返しでした。

今、オランダに帰ってきて数日が経ちますが、思い切って行ってきて良かったな、と思います。美しい別れ、と言ったらちょっと正しくない言葉のような気もしますけど、でも、感覚でいうとそんな感じでした。

ドラマや本を読んでいると、よく「死に際に間に合った」とか「間に合わなかった」というような話がよくありますが、それは自分の自己満足や親孝行できなかった自分への後悔にしかならないような気がします。

自分が後悔しないよう親孝行をしたいのならば、行けるうちに行け、会えるうちに会いに行け、ということなんだなー、と改めて思いました。遠くに住んでいたり、仕事が忙しかったり、子育てをしていたりすると、なかなか決心がつきにくいけれど、背中を押してくれただんなと娘、快く休暇を許可してくれた上司には感謝したいです。

…と、こんなことを書いていて、また来年「父の状況がさらに悪くなってきた」なんて言っていたら、どうしましょう?なのですが…。いや、そうであってくれると奇跡中の奇跡なんですけどね(苦笑)。

夏休みも終わりに近づきました

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今年の夏休みもまた娘と二人旅でした。もう旦那様には旅行は期待できない、という感じ…。かくいう私もこれは更年期の症状?という症状が出てきて、精神的に不安定で、、、できれば国内旅行チョロっとぐらいが気ままで良いのですが、うちの子がどうしても外国に行きたいというので、、、。歯を食いしばって旅行に行ってきました、、、て修行気分で旅行してどうする~…。

旦那様も一種の不安症なんですが、こちらは心配性なんですよね。不安になると心配度が増してしまうという、、、特にうちの娘に対してで私に対してはなーーーんにも心配しないんですけどね、ときどき悔しくなるくらい、、、アレ?(汗)。あまり無理させておかしくなられても、娘との関係が壊れるだけだし、旅行に行って離れるとだんなも気ままな時間が持てるみたいなので、ともかく少し離れるのも重要かな、と思って私が頑張るようにしています。

で、今回の旅行。まー、終わってみればよい思い出なのですが、旅行中はかなり不安定でした。更年期の症状が出たのには理由がありまして、6月末に風邪をひいてしまったのです。今年は暑くなったり寒くなったりの落差が激しくて、つい油断してしまった。

風邪が素直に治ればよかったのですが、風邪がもたらしたものは内耳炎でした。そういえば20年くらい前にも夏風邪の後、耳がおかしくなったんだった、、、と思い出したのは内耳炎になったあと(汗)。

内耳炎という病気は、めまいがひどい病気で、最初の1週間は立ち上がることもできないほど。歩くのも誰かにつかまっていないとまっすぐ歩けないし、地下鉄やバスなんかに乗ったら最後。ジェットコースターに乗っている気分で、全身が「助けてくれ~~」と叫んでしまう状況なんです。

こちらでは内耳炎では一切処方箋はナシ。激しい眩暈は1週間でよくなったものの、耳の調子がずーっと悪く、そのうち自律神経がおかしくなって、そして更年期特有のホットフラッシュが出るようになってしまった、、、。そして目前には1週間のフランス旅行が迫り、、、。まー、こうなってしまうと不安になって当たり前といいますか。タリスにちゃんと乗れるのかぁ~?みたいな世界ですからね(苦笑)。

実際、行きのタリスは、「助けてくれ~」みたいな状況に陥ったのですが、お守りのつもりで持って行った ANWB Acustraps に効果があって乗り物酔いを回避することができました。これはちなみに乗り物酔いのツボ、内関(ないかん)を刺激する東洋的腕バンドです。東洋的ですが、ANWBで売ってます(笑)。

さて、今回はフランスのブルターニュにあるサンマロとパリ・ディズニーランドに行ったのですが、、サンマロはひたすらのんびり、ディズニーランドは娘のアテンドのみ(勝手に並んで好きにやってもらってこちらはどこかで待っている態勢…(笑))、なので体力的にどうこうの問題はなかったのですが、旅行目前には、パリの最高気温更新42℃!なんとも恐ろしいことが起こっていて、フランス旅行の最中には暑くなりませんように!とひたすら祈ってました。

祈りが通じたのか、、、旅行中は割と涼しい日々で、最後の難関ディズニーランド2日間!もなんとかなりました。ディズニーランド1日目は3時間くらい恵みの大雨で(私にとってはあいにくの雨ではない、、、)、涼しくなって良かったです。

私の実家はディズニーランドから10キロほどのところにあり、花火の音が聞こえるくらいなのですがディズニーランドに行ったのは4、5回?…という、、、ディズニーが好きでもなんでもない人間なんですが(混んでるところはイヤなんですぅ~)、今回のパリ・ディズニーランドは初めてだったんですけど、意外と楽しかったです。

最後に東京ディズニーランドに行ったのが、ゴールデンウィーク中だったのですがあまりに混雑していて、もう二度と行かない!と思ってたけど、それは撤回して、またパリディズニーランドになら行ってもいいかな、という感じです。比較的乗り物が空いているんですよね、ここは。私は基本何にも乗らないから待っているだけなんですけど、さすがに1~2時間もポケーっと待っているのはつらいですね、、、。うちの子だってひとりでそんなに長い間待ってもつまらないでしょうし。パリディズニーは、東京に比べて待ち時間が少なく(15分~20分待ちのものが多く)、夜になると5分待ちも多数出てくるので、割といいなー、と思いました。うちの子もすごく楽しかったようです。2日間で20のアトラクションに乗れましたヨ。

それにしても、フランス。今回パリは素通りだったので、よくは分かりませんが、ほんと、日本人がめっきり少なくなっちゃった、ていう印象ですね。同僚も別の場所に行ったのですが、そこにも日本人は誰もいなかった、と言ってました。私たちはサンマロに4泊もしたけど、日本人は二組しか見なかったなあ。ディズニーでも数組見かけた程度だし。

サンマロなんか本当に平和でいいところなんですけどね。前回出かけたリールとその郊外は、ほんと、、、情けないくらい荒廃していて悲しくなっちゃうくらいでしたけど。でも、海外で地図だけ見ても、そこが平和で安全な街かどうかなんて分かりませんよね。長年行っていないアメリカも、最近は銃の事件が一段と多くなり、なんか怖いなあ~と思ってしまいますし、無理もないのかな、と思います。

サンマロは安全なところなので、毎日娘と二人で夜遅くまで旧市街を歩き回り、夕日を見たり、暗い中で泳ぐ人を眺めたり、どんどんと変化する干満の変化を見たり(ここはヨーロッパで一番干満の差が激しい、モンサンミッシェル並みの変化を眺められるところです)、そんなことをして楽しんでました。4泊もしたので、もう十分かな、と思ったけど、もっと居たいな~と思いました。料金の安いバスであちこち行けるのも魅力的で、フランス人しか行かないような田舎散歩道を歩いたりして、、、平和そのものでした。次回はアパートを1週間くらい借りてのんびりしたいわ。それくらい良いところでしたよ。

うちの子の夏休みも今回は日本と同じなので、今週で終わり。宿題がまったくないので、のんびり、、、でも学校が始まるのが嫌だぁ~とため息をついています。どこの国の子供もおんなじなんですねぇ…。

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